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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第四章・心界編
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剣撃の音

「は?」


 それは、苦しみから発せられる喘ぎ声でも、悔しさからくる恨み節でもなかった。感情を起こす以前に、状況が理解できない、脳の混乱が生み出したノイズであった。


 ゆっくりと目を動かすと、茂みに木刀が突き刺さっているのが見える。しっかりと握っていたそれが、どうして飛び去ってしまったのか、答えは明白であった。


「あっ、あわわわ、大丈夫ですか?」


 ヒカルの喉元に宛てがわれた竹光を脇にやり、慌てて声をかけてくるノラサーネは、科を作っているようにしか見えない。紛れもなく、ヒカルを打ち倒したのは、彼女であった。


 身の丈に合っていないと、ヒカルが高をくくっていた竹光は、その持ち主の動きに合わせて、まるで龍のように迫ってきた。巧妙に太刀筋を隠され、腕に衝撃を受けるまで、即ち、武器である木刀を跳ね飛ばされるまで、ヒカルはその脅威に気づくことができなかった。


 これがもし真剣であれば、とヒカルは背筋が寒くなった。重さによって、踏み込みや振り切りの速度は、多少落ちるであろうが、ヒカルが対応できないことに変わりはないだろう。手の届かないところからくる、見たこともない攻撃。真剣ならば、ヒカルは手首から先を失っていた。


(能力か……? いや、違う。完璧に使いこなしているんだ、あの巨大な竹光を……)


 竹光を背負い直すのにも苦労するような様子のノラサーネ、一見すると、その扱いに手を焼いているように見えるが、最早それすらも策略なのであろう。油断を誘い、誰も見たことのない刀の運びを、最大限に活かすための。


 そしてもちろん、油断をさせたところまでを含めて、彼女の戦闘における能力は、ヒカルを圧倒していた。どのような構えからヒカルの腕を捉えたのか、分析のしようもない程に速く、鋭く、研ぎ澄まされた一撃。


 愕然として、倒れ伏しながらノラサーネを見上げるヒカルに、彼女は、ごめんなさい、と呟いた。


「その刀、かなりの業物とお見受けしまして。使い手の方もきっと、素晴らしい剣術家であると思ったものですから……」


「……そう、ですか」


 ヒカルは、肩から力が抜けた。彼女に悪気がないことは、正面から戦ったヒカルには分かっていた。むしろ、侮ったことが申し訳ないとさえ感じた。相手を軽んじるのは、自分次第である。いつぞや、騎士団小隊長のマルクと打ち合った時も、ヒカルには明らかな油断があった。その過ちを、ここでも繰り返すとは。ことここに至って、ヒカルの心に悔悟の情が湧き出してきた。



「待ってください!」


 いそいそと木刀を回収し、立ち去ろうとするノラサーネを、ヒカルは思わず呼び止めていた。肩を震わせて、何事かとこちらを向くノラサーネであるが、彼女とて剣術を極めんとする志のある人間なのだろう。ヒカルが何を考えているか位は、即座に分かるはずだ。


「もう一度、お願いします。……負けっぱなしじゃ、すみませんから」


 結果は分かり切っているかもしれない。だが、このままでは終われない。


「分かりました。私も勝ちっぱなしでは鍛錬になりませんから。じゃあ、これを……」


「今度は、俺が竹光を使っても?」


 二つ返事で頷いたノラサーネが差し出す木刀を、ヒカルは片手で制した。思わぬ申し出に彼女は、一瞬目を見開き、そして首を傾げた。


「でも……、見ての通り、この竹光は使いにくいですよ。重いし……」


「いいじゃないですか。同じ長さのがないんですから、交換すれば対等でしょう」


 そう言うヒカルに、ノラサーネは、それはそうだが、と渋々了承し、巨大な竹光を差し出した。手に持ってみると、改めてその大きさに、そして、それを使いこなす女剣術士に驚かされる。


「まるで物干し竿だ……。横に切るより、突くか押し叩くか」


 竹光を見つめる自分の姿を、半ば訝るように、半ば呆れたように眺めるノラサーネは、一体これから何が起こるか、考えてはいないだろう。勝負は、そこから始まっている。戦争であろうが、こんな森の中で起きている模擬戦闘であろうが、鍵を握るのは情報だ。どれだけ相手の手の内を見透かしたと思っても、相手の頭の中の深奥までは、簡単には見通すことはできまい。肝要な情報は、頭蓋の箱に閉じ込めるに限る。


「やっぱり、長さを活かすこともできるだろ。うん」


 独り言を、わざと大きな声で呟いてみせる。相手には、不安を振り払うために、自己暗示をかけているように見えるだろうが、実際は真逆である。挑戦が無謀であることを、殊更に彼女の脳裏に印象づける。本質的な部分を理解していないと思い込ませる。


「……いやいや、そもそもこの竹光に実は、しかけがあるんじゃないか?」


「…………はぁ」


 小さなため息を、失望のサインと見た。彼女が見込んだより、一回りも二回りも劣る、ヒカルの技能に対して、無意識に漏れる欠伸のようなものだ。


 準備は整った。相手に逆しまに油断を植えつけた。これでも実力差は埋まるはずもないが、勝つ確率は格段に上昇したに違いないだろう。二度、三度と竹光を振るってから、ヒカルは声をかける。


「大丈夫だと思います、お願いします!」


「……結果は分かってるけど、まぁ、いいでしょう」


「いえ、どんな手を使ってでも、一太刀食わせます」


「そうですか。……いいですよ、どんな手を使っても。では、いざ尋常に……」


 剣撃の応酬の到来を告げる声が、夜の森に響きわたった。

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