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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第四章・心界編
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黄金の秘法

「何か増えてるでありますな」


 日も既に落ちた。暗い森に燈る明かりの正体は、稀なる客人をもてなすための、竈の火であった。魔術医師、ケリーは、帰ってきたソフィたち一行を一瞥すると、端的にそう言った。


「ん、どうも。元軍人のアレクセイ・ポロシナと申します」


 そうやって会釈するアレクセイに、部屋の中にいたヒカルとケリーもまた、小さな辞儀を返す。二人は丁度、晩餐の準備をしているところであった。本来ならば、駅の近くの宿屋に泊まろうと思っていたソフィであったが、今夜はここで夜を明かした方が好都合であろう。夜は、虎狼の活動も、ひときわ活発になる。



「う〜ん、ヒカルくんは、料理が上手くて、家主の私が形なしであります」


「そんなこと言わないでくださいよ。……え、このカブ、大きすぎないか?」


 鍋を掻き回すヒカルは、味見のために汁杓子を持ち上げてみて、初めて、鍋の中のカブの大きさに驚いた。彼の記憶が確かならば、このカブを切ったのはケリーである。もちろんそのことは、本人が一番よく知っている。ヒカルの声に、耳を赤くしたケリーは、頬を膨らませた。


「ガサツにもなるでありますよ。何せ私は、流刑人でありますから」


 それも名ばかりのものではあるが、人が訪ねてこないと、流石に医師という身分であっても、何かにつけていい加減になるのか。仕方なしに、カブを杓子で押し潰してみる。


「それで、そっちは何か、見つかりましたか?」


「先に帰ってきてた、少年の方から聞かせなさいよ」


 鍋の中のやたらと大きな野菜と格闘しながら、ヒカルが尋ねると、ソフィの素っ気ない返事が返ってきた。ヒカルは、サナトリウムで起こった出来事の仔細を、語って聞かせた。


「その女も怪しいじゃないの、軽々と信用しちゃってよかったの?」


 ソフィの言葉に、ヒカルは自身のポケットから、白いハンカチーフを取り出して応じる。


「これが、サナトリウムで手渡された布です。間違いなく、裁き人の残留マナが残っていたんですよね、ケリーさん」


 ケリーは無言で頷いた。童女の正体がどうあれ、証拠となる物品は、ヒカルの手に入ったのだ。皇帝の力が働いたと考えるのが妥当であろう。


 さて、ケリーはこの布から、裁き人特有の魔力組成のパターンを見出した。絡まった糸を解くように、この組成を解析すれば、眠りの術式の全容も、分かってくるはずだ。


「幸いアテナさんの眠りは、見たところでは、()()ものでありますから、早ければ明日にも目覚めるはずであります」


 希望的観測ではあったが、ヒカルを勇気づけるものであることに違いはない。ゆくゆくは、その力を、ヴェイルの悲しき少女にも、使わねばなるまい。


「それでそれで、そっちはどうだったのでありますか?」


 ケリーが促すと、ソフィは、疲労の色濃いため息を一つついて、鉱山と工場の現状を語った。


「それで、これがその砂金」


 ヒカルは、部屋の明かりに反射する輝きに、胸の奥が、ちくりと痛んだ。少女の手の上で、誇らしげに瞬く金の粒を見れば、忌々しい景が思い起こされるのだ。それに対してケリーは、興味深々といった様子で、砂金や、怪しい輝きをまとった羽根を眺めた。


「よく見てみたら、この羽根に付着してるのも砂金だった。やっぱりアーレンツ辺境伯は、工場で、金を錬成してるんじゃないかしら」


「だとしたら……、す、すごいことでありますよ……!!」


 高ぶる気持の抑えが効かないケリーは、虫眼鏡を取り出しては、砂金や羽根を観察し、様々な魔鉱石を近づけては離すことを繰り返した。調べは一段落したようで、魔術医師は満足げに、砂金を一粒たりとも落とさずに、ソフィに返した。


「面白い、完全に金そのものでありますな……!!」


 思い出すだけでも楽しいという風に、ケリーは分かりやすく胸を弾ませる。小躍りの拍に合わせて、長い耳が前後に揺れる。


「そんなにすごいことなんですか? 確か、魔法でもありましたよね。えっと、名前は……、あ、あう……?」


黄金(アウラム)ですよ、ヒカルくん」


 ヒカルの疑問に、イーリスが補足する。ヒカルの記憶が確かならば、彼が倭国を離れ、ワルハラに向かう途中、白髪の陸軍参謀が見せてくれた魔法の中に、金を作り出すものもあったはずだ。魔法で作り出せる金であれば、そこまで驚くこともないと思うのだが。


「……あの白髪は、説明省きすぎなのよ。魔法はマナを操るだけ」


 ソフィの言葉を噛み砕けば、魔法はマナに干渉し、様々な効果を発揮するが、裏を返せば、マナを操る以上のことはできないということだ。魔法で作り出したものは、いわばマナの凝固体。時間経過や衝撃によって結合は崩れ、再び空気へと還っていく。


 しかし、この砂金は紛れもなく実体だ。マナのようなエネルギー体ではない。これを無の状態から作り出すことは、ほぼ不可能に近い。原理的に可能であるとしても、鉱脈を探し当てて掘削する方が安価であるため、誰もやらないであろう。


「その、何もないところから金を作る原理って、一体、何なんですか……?」


 ヒカルの問いには、ケリーが答えた。口の中で、言おうか言うまいか迷っていた言葉が、両唇を破って出てきてしまった、そんな口調であった。



「様々なマナを、複雑な術式と膨大な魔力で噛み合わせれば、原理的には可能であります。でも、それをできるのは、常人ならざる魔力を操ることのできる、外法に手を染めた黒魔術師だけであります……」

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