楔を頼りに
細い銃身から、魔力の込められた弾丸が放たれ、岩の上の虎狼を掠める。ゆるりとくつろいでいた獣たちの中に、途端に緊張が走る。
「次に、これを工場に……」
魔法にある程度、通じている者ならば、魔力の籠もった弾丸が、彗星のように尾を引いているのが分かるはずだ。実戦においては、それを辿ることで、銃撃を受けた手負いの相手を探知することができる。ただし、この場合においては、虎狼にそれを辿らせるのだ。
二発目の弾丸が放たれ、虎狼たちはようよう立ち上がった。ソフィの放った弾は、何れも特段巨大な魔力の込められたものであり、そうそうマナの残滓を見失うことはないであろう。
「来るわ、隠れるわよ!」
「は、はいっ!」
ソフィとイーリスのいたところを、次の瞬間には、巨大な灰色の波が駆け抜けていく。地鳴りのような音と共に、虎狼の群れは過ぎ去っていった。
「……行きましたかね?」
「えぇ、早速、私たちは鉱山を調べるわよ」
鉱山には、当たり前ながら人の気配がない。凶暴な虎狼の住処となっていたのだから、宜なるかな、である。
「人が消えたとしても、何かしらの手がかりが残っているはずよ。虎狼が戻ってこない内に、早く」
早く、と言われたとて、魔法の知識に疎いイーリスには、鉱山のマナも感じ取れず、周囲の景色も、ただの岩山にしか見えない。人のいたことを示すものは、人夫のための建物と、坑道、搬出用の道路、いくらかの道具くらいのものであろうか。
「やっぱり、分からないですよ……」
落ちていた楔のような道具を、二つ、三つと拾い上げたはいいものの、それが手がかりたり得るのか、イーリスの目からは明らかにはならない。助けを求めて、来た道を振り返ってみたが、ソフィは既にどこかに行ってしまっていた。
(仕方ない、できる限り頑張ろう……)
地面に無造作に置かれている楔。それらを辿っていくと、一つの坑道につながっていた。ぽっかりと、暗い口を開けたその坑道の奥には、火の魔鉱石を使ったランプが、煌々と燈っている。暖かい光は、夜道の月のように、進むべき道を照らしているかのようであった。
「すみません、誰かいますかぁ!?」
しかし、立ち入ることには、それとして勇気がいる。楔は、穴の中に尚も、疎らに落ちているのが分かるが、ある種の罠のようにも映った。故に、イーリスは穴ぐらの中に声をかけたのだが、反響が返ってくるのみで、応える者はいないようであった。
ため息を一つ。イーリスは、壁に手を当てながら、ゆっくり、ゆっくりと坑道の中に足を踏み入れていった。
「……うっ!? 痛ったぁ……」
さて、坑道の中に、人の気配はない。まぁ、逃げ場のないところで、厄介なことに巻き込まれないだけ、マシであるとも考えられるかもしれない。とはいえ、危険がない訳ではない。狭い坑道の中では、小柄な少女でさえ気を抜けば、頭を天井に強かに打ちつけることになるのだ。
何故、それ程奥まで進むのか。答えは簡単、楔は尚も続いているのである。この先に、楔を落とした者がいるのか、はたまた、この奥にいた人物が、楔を落としながら穴を出ていったのかは定かではないが、何れにしても、最後の楔を見つけなければならない。魔法を使えない以上、目に見えるもので貢献しなければという思いであった。
もう、魔鉱石のランプも疎らになった、地下奥深くの坑道の末端部。砂埃と異臭に、イーリスは口元を手で覆いながら進んだ。
「あっ、行き止まりだ……」
そうして、どの位進んできたのかも分からない程に進み、服がくまなく砂だらけになった時、イーリスは終に、坑道の終点へと辿り着いた。天井に打ちつけられた鈎に、弱い光を放つランプが下がった、二枚貝の内側のような空間だ。その明かりに照らされて、最後の楔が落ちている。
「誰も、いませんよね……?」
辺りには横道もなく、岩壁にも不審な点は見受けられない。人の隠れることのできるような空間もない。ともすれば、楔を持っていた人物は、ここから外へと出ていったのであろう。仕事道具を落としていくということも考えにくく、やはり意図的に配されたものなのであろう。
「……えっ、何これ。どうしてこんなものが……」
楔を拾い上げようと、イーリスが屈んだ拍子に、視界の隅で何かが動いた。一瞬、何事かと身を強張らせたイーリスであったが、果たしてそれは、大きな鳥の羽根であった。
外の森の中ならばまだしも、坑道の奥深くに落ちているはずもない代物。楔を落とした人夫によるものなのか、それとも失踪の元凶によるものなのかは分からないが、重要な手がかりになるだろう。
「うん……、うん、そうよね! きっとこれは、手がかりになるはず!!」
天井の仄明かりに照らしてみると、褐色と白色で構成された、猛禽類の羽根のようである。しかし、それにしても大きい。イーリスの両手に収まらない程に大きな羽根は、怪しい雰囲気を放っている――。
イーリスは、羽根をエプロンポケットにしまうと、身を小さくしながら、いそいそと元来た道を上っていった。