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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第四章・心界編
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功罪両面

「え、じゃあ貴方、辺境伯に会ってすらなかったの?」


「ん、辺境伯付の使用人越しにしか、話しちゃいねぇんです」


 森の中の道を歩きながら、アレクセイを含めた一行は、工場を目指す。中を見ることができるかは分からなかったが、兎にも角にも、行ってみるしかない。


 その道中、ソフィはアレクセイから、辺境伯の周囲の情報を引き出し、事件の全容を明らかにしようとしていたのだが、いまいち要領を得ない。恐らくは、辺境伯がかなり慎重になっているのだろう。そうなると、益々怪しさが募る。


「鉱山の閉鎖については?」


「分からねぇんでさぁ。何でも、気づいた時には鉱夫が、綺麗さっぱり、消えちまってたとか……」


「……それって、まさか」


 一番後ろを歩いていたイーリスが、ピタリと足を止めた。森の中を吹く風が、彼女の服にまとわりついては、蛇のようにのたうっていく。


「失踪、ということでしょうか……」


 彼女の頭に、第一によぎる不安は、紛れもない、裁き人による失踪事件である。彼女の脳裏には、自らの両親を奪い去った裁き人の存在が、そして、ヒカルという少年のことが去来していた。


「あれに由来するものだと、決まった訳じゃないでしょう」


 小声で耳打ちするかのように、高まる緊張を落ち着けるかのように、ソフィが告げても尚、イーリスの不安は拭えない。ただ一人、裁き人について多くを知らないアレクセイだけが、怪訝そうに二人を見るのみである。


「んん、まぁ確かに、失踪は失踪だが……。違法な採掘も行われてたみたいでな……」


 アレクセイの談によれば、彼がこの地にやってきたときには、森はここまで青々としてはいなかったという。鉱山の操業停止と前後して来訪した彼は、森がどんどんと鮮やかになっていくのを、目の当たりにしていた。


「多分、鉱夫たちが魔鉱石を取りすぎてたんだろうなぁ。今は、鉱山から溢れ出した魔力で、森は豊かになっちゃあいるが……」


「功罪両面といったところかしら」


 しかし、魔力が多ければよいというものではない。身体の大きな生物であればある程に、魔力の影響を大きく受ける。このまま魔力が放出され続ければ、虎狼のような巨大生物が、力をさらに強めることになる。ともすれば、生態系は大きな打撃を受けることになる。


「均衡点を取り続ける、そうでもしないと、人間の世界も自然も、共倒れよ……」


 濃密なマナを含んだ空気を、胸いっぱいに吸い込んで、一行は歩いていく。工場の煙突は、いよいよ大きくなってきた。



「おい、交代だ」


「あぁ、よろしく頼むよ。虎狼や龍に気をつけてな」


 茂みに潜む三人の目の前で、見張りが交代する。気配遮断の魔法具を使ってはいるが、物音を立てれば気づかれるかもしれない。


「な、あんな風に、見張りが一日中張りついてる。アイツらでさえ、工場には入れないんでさぁ」


「怪しい……。どうにかして、見張り共をどかせないかしら……」


 声を潜めて、ソフィは作戦を練る。工場の中からは、確かに物音が聞こえるのだ。何をしているのかまでは分からないが、少なくとも、軍需品を作るために稼働している訳ではないようであった。


「ソフィ様、鉱山の虎狼を使うのはどうでしょうか?」


 悩むソフィに、イーリスが耳打ちする。振り返ると、自信なさげな少女の顔が、すぐ側にあった。


「使うって、あれをどうするのよ……」


「虎狼に襲われたら時、おっしゃっておられましたよね。虎狼は魔力を食べるんだって」


 ソフィは、虎狼の群れに囲われていた時のことを思い出した。ヒカルが何を考えていたかはさておき、彼の質問に、ソフィはそう答えた。


「ソフィ様の能力で虎狼を誘導すれば、見張りの注意を反らせますし、鉱山の中まで調べることもできるかと……」


「貴女……、相変わらず面白いことを考えるわね……」


 ソフィは、最近の自分がトカゲの尻尾になったり、魚の餌になったりと、随分と酷い扱いを受けているような気にはなったが、しかしいい作戦である。その作戦を実行しようと告げると、イーリスはほっとしたように胸を撫で下ろした。


「念のため、アレクセイは工場を偵察して。貴方が近づいていっても、怪しまれないだろうから」


「ん、あっしもやるんですかぃ?」


 素っ頓狂な声を上げたアレクセイであったが、ここまでノコノコと一緒に着いてきておいて、今更何をいうかといわんばかりの表情で、ソフィに睨まれたために、何もいえなくなってしまった。


「じゃあ、イーリスは私と一緒に来るのよ」


 立ち上がったソフィが手招きすると、イーリスはこくりと頷いて、茂みから立ち上がった。



 長く垂れた、白い服の袖を捲り上げると、少女の手には不似合いな、硬質の銃身が覗く。その持ち手も引き金もなく、少女の肘から直接、生え出ているのだ。


「……何よ、私は能力者なのよ。珍しいことでもないでしょうに」


 肘の部分で銃身を折り、弾を込めようとしたソフィは、自身に注がれる視線を感じて、こそばゆいような思いになった。イーリスは、失礼なことをしたと、平謝りに謝る。


「でも、どんな感覚なんでしょう。私は能力を持ってないし、魔法だって上手く使えないから……」


「憧れのようなものだったら、持たない方がいいわ」


 弾を込めたソフィは、冷たく言い放った。それに、疑問が投げかけられる前に、鉱山でまどろむ虎狼たちに向けて、右手を構える。


「やるわよ、準備はいい?」

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