陽気な騎士
「まぁまぁ、一応の目的は達成したってことで」
気を取り直した様子のイヴァンが、手を叩きながら言う。彼としては、この国難に際し、二人の能力に期待していただろうが、ともに能力発現の望みが薄いために、不本意であろう。――そうだ、彼は戦争への対応をせねばならないはずである。案の定、二人を眺めるイヴァンに、カスパーが耳打ちする。
「陛下、騎士団の者が、報告することがあると申しておりまして」
「あぁ、オリバーだろう。すぐに行くよ」
騎士団、確か、イーリスが列車の中で語って聞かせてくれた戦闘集団だ。ワルハラ帝国の私兵集団で、軍部とは双璧をなす存在である。平素は国内の公安を守りながら、戦闘においては前線で剣を振るい、魔獣が出たとなればその首を落とすと聞く。そういえば、王宮に来るまでの間も、白い隊服に身を包んだ二人組の男たちを見てきたが、彼らが騎士団員だったのだろう。いざという時のため、二人一組で行動することを常としているらしい。
「あ、待ってください……。こちらに向かってきているようです」
目を閉じたまま、カスパーがイヴァンを呼び止める。まるでそのオリバーなる騎士団員がやってくるのが見えているかのように。否、実際のところ、千里眼の能力を持つ彼には見えているのであろう。
そして、その言葉通り、廊下を軋ませる荒々しい足音が徐々に近づいてきた――。
「おーっ! 陛下、やっと見つけました! 早速ですが報告です、第一、二、三、四隊が前線に向かいます!」
けたたましく押し開けられた扉の音に重ねて、部屋に入ってきた男は早口で言う。この豪放磊落な性情の、恰幅のいい青年こそが、騎士団第一隊長、オリバー・グラッドである。
「うんうん、ありがとうオリバー。君たちが行ってくれるなら助かるよ」
イヴァンは、この豪快さにも慣れたものであり、ニコニコとしながら彼の報告を聞いていた。かなり無礼な言動かもしれないが、これも信頼あってこそなのだろうか。
「それで、倭国から来たという少年はどこに?」
突然、オリバーの口から自分の話題が飛び出したことで、ヒカルは驚いた。おずおずと名乗り出ると、オリバーが、その巨体に似合わぬ素早い動きでずいと近づき、ヒカルの手を握ってぶんぶんと振った。
「ぜひ一度、うちの騎士団の詰所に来てくれないか!?」
そんな事情があってヒカルは、騎士団員の詰所へと馬車で向かっている。馬車に同乗するのは、オリバーと、ヨハンである。
「なんで領主様の息子がいんだよ」
「ヒカルの目付だ。あと、父上が消えた今、領主は私だ」
そう軽口を叩き合う二人の関係が気になった。よくよく話を聞く限り、二人は同郷であるらしい。
「それより、何故こいつを招いたのだ?」
ヨハンの疑問はもっともである。それにオリバーは、指を振って、分かってないなぁ、とでも言いたげな表情を浮かべた。
「すげぇ能力者なんだろ? それに、剣の腕もあると聞いた。勧誘しない訳ないだろ」
そう得意気に述べるオリバーを、ヨハンは呆れたように見つめていた。だが、彼の考えも分からぬではないのだ。強力な能力者は戦力になる。ワルハラの戦闘のための組織は、軍、騎士団、近衛兵団があるのだが、軍人は、士官学校を卒業していないとなることはできず、近衛兵団は男子禁制である。騎士団がヒカルに目をつけるのも無理ないことだった。オリバーの話では、アテナも近衛兵団が狙っているらしい。
「まぁ、能力は開花していないのだが」
「……はぇっ? それマジか?」
「マジです、何かすみません……」
残念だという心情を隠すこともなく、オリバーがため息をつく。そして、彼が気分を持ち直す前に、騎士団の詰所に着いてしまった。馬車を下りてからも、彼はぶつぶつと何事かを呟いている。
「あの、ヨハンさん。オリバーさんは、なんであんなにがっかりしてるんですか」
ヨハンは苦笑いをしながら、なぁに、すぐに分かるさ。と答えた。
「あー、親分。待ってましたよ、遅かったっすね」
オリバーの帰りを待っていた二人の部下の内、明るい茶髪と吊り目が目を引く、ジャックスという騎士団員が声をかけてきた。一方のオリバーは、虚ろな目で空返事を返した。心なしか痩せたように見える。
「もしかして、ナンか不手際でもあったですカ?」
もう一人の部下の、片言でしゃべる垂れ目の男、ガリエノが、訝るように聞く。しかしオリバーは、どこか一点を見つめて首を振るだけである。
「これハ……、ヤバそうだナ」
「んお、ヨハンさんじゃないっすか。で、そっちが例の少年っすね。確かにすげぇ魔力の反応だけど……」
顔を見合わせる二人は、何となく状況を察したようだった。そして外で立ち話をし続けても、その状況は変わらないので、五人はさっさと詰所に入ることにした。
「なぁガリエノ、ホントに俺が報告しないとだめか?」
詰所の最奥の扉の前まで来て尚、オリバーは食い下がる。理由は知らないが、彼はどうにかして自分の確認不足をなかったことにしたいらしい。しかし、ガリエノに自らの上司を助けることはできなかった。
「諦めて、正直に言ってくだサイ」
がっくりと項垂れたオリバーは、弱々しく戸を叩いて、中の人物からの返事を待った。