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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第四章・心界編
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かつての英雄

「ひっ……!?」


 何が起きたか、咄嗟の判断はつかぬが、しかし只事でないことだけは理解できた。その反応としてイーリスは、悲鳴にもならないような声を上げる。


「しっ、大きな声を出さねぇでくれ。あっしだって、アイツらを刺激したかぁねぇんで」


 反射的に口元に手をやるイーリスに、銃を持った男は、続けざまに命令する。


「よし、お嬢さん方……。悪いようにはしねぇさ、手を頭の後ろに置いて、ゆっくりこっちを向くんだ」


 命令されるがまま、怯えた顔を回すイーリスの横で、ソフィは素知らぬ顔である。焦る様子もなく、男の命令に無視を決め込む。穏健に接していた男も、命令に従わない少女に、段々と怒りを顕にしていく。


「お嬢さん、手荒な真似はしたくねぇんだがね。これも仕事でさぁ、大人しく従ってくれねぇか?」


「嫌よ」


「ソフィさん!?」


 きっぱりと言い切ってしまったソフィに、イーリスは耳を疑った。男の方も面食らったようで、額に青筋を浮かべ、いよいよ我慢ならないといった様子である。


「なぁ、お嬢さん。言うことを聞いてくれなきゃ、お嬢さんの頭に穴が開くことになるんだ。……どうしても、従えねぇのかい」


 男が凄むと、ソフィは高い笑い声を上げた。


「やれるもんならやってみれば? まぁ、仮にも元帝国軍人のポロシナ将軍閣下なら、皇帝の勅使を撃ち殺すことなんて、できないだろうけどね」



 振り返って正対したソフィの顔を見た、ポロシナ将軍と呼ばれた男は、訝しげに目を細めた。


「勅使? この餓鬼が?」


「餓鬼とはまた失礼な……。聞きしにも増してぞんざいな性格ね」


 ソフィが、仕方なしに皇帝の勅書を見せると、ポロシナ将軍、その名をアレクセイというが、彼は先程までの険しい表情から一転、ようやく柔和な表情を見せた。歯を見せて笑うが、前歯が小さく欠けている。


「あ、あの……、アレクセイ・ポロシナ将軍といえば、十年前の戦争で活躍なされたという、あの陸軍の英雄ですよね?」


 ためらいがちに尋ねるイーリスに、ソフィとアレクセイはそれぞれ頷いた。ただ、この後に続く問いの内容は、聞かれなくとも想像がつく。何故、陸軍の英雄が、こんなところにいるのかということだ。


「もう、とっくに退役したんでさぁ。この足のせいでな」


 そう言って、ズボンの裾を捲り上げるアレクセイ。そこには、鈍く輝く金属製の表皮があった。


「義足……」


「銃撃戦でな。よく覚えてねぇんだが、気づいたら野戦病院だった」


 聞くところによると、十年前、アレクセイは陸軍の方面軍司令官として、各地を転戦していたという。その司令官としての才能はもちろんのことながら、彼個人としての戦闘能力の高さから重用され、前線で数々の戦功を立てたのである。


 しかしながら、それ程強力な男に対し、敵が無策であるはずもない。アレクセイは罠にかけられ、幾多の銃弾に晒された。


「結局、このザマよ。焼きが回ったっつぅか、不如意な身体になっちまった」


 そう言って、アレクセイは黒髪を掻いた。かつての英雄も、髪は伸びるままになっており、手の動きに合わせて、白い粉が落ちていく。


「それで? その陸軍の英雄が、どうしてこんなところで油を売っているのかしら」


 ソフィが睨むような目で、アレクセイに問いかけると、初老にさしかかった退役軍人は、開きかけた唇を舌で湿らせ、何とも決まりの悪そうな顔をした。


「いや、さっきの勅書を見たところ、アンタら、アーレンツ辺境伯の調査に来たんだろう?」


 二人の女性が頷くと、アレクセイは首を鳴らした。


「貴方まさか、ペトロ・ディ・アーレンツに雇われてるの!?」


「そ、そうでもなきゃ、いきなり銃を突きつけるような真似はしねぇさぁ」


 そうであれば、アレクセイが森の中を歩き回っていたことの理由にはなるのだが、しかし、高名な軍人の彼が、傭兵として雇われるとは。


「年金は、受領してはいないのですか?」


「断っちまった。あっしに払うくらいなら、後進のために使えって言ってな」


「それで金に困って、ここで働いていると? 貴方、馬鹿ね……」


 馬鹿と言われたアレクセイは、怒りを通り越して、ゲタゲタと笑った。ソフィは目元を引きつらせながら、再び尋ねる。


「それで……、貴方は何て言われて辺境伯に雇われた訳?」


 一頻り笑ったアレクセイは、一呼吸置いてから、膝を叩いて答えた。


「ん、工場に近づく奴がいたら、追い払えって」


「怪しすぎるわね……」


 ソフィとイーリスは、軍需工場からの物資供給が滞っているために派遣されたのだ。それを目前にして、工場を防備するアレクセイが現れた。それはつまり、彼以外にも雇われた人間がいることを示唆していた。それは、裏を返せば、彼らの雇い主であるペトロ・ディ・アーレンツが、何か、外部の人間には知られたくないようなことを、工場で行っているということになるのではないか。


「鉱山の操業も停止しているし、ここで一体、何が起きているというの……?」


「あっしにも分かりゃせん。鉱山は、あっしが来た時には、もうもぬけの殻だったし、工場にも立ち入らせてもらえないんでさぁ」


「それは……、調べる必要があるみたいね……」


 ソフィが見つめる先には、高い煙突が、森から突き出るようにしてそびえ立っている。アーレンツ辺境伯領の軍需工場であった。

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