無茶苦茶な方法
「今回の事例は、はっきり言って法の枠組みから逸脱している。罪のない者と分かっていながら、流刑に処すというのだから、非道い話だ」
「ふふ、妾が頷かなければ、令状は書けぬからのう……」
「……法律も、僕が頷かなくては、制定できないんだけどね」
皇帝、イヴァンは、苦笑いを浮かべながらそう述べた。しかし、無辜の人間を冤罪で裁くと宣言するとは。ケリーには未だ、この二人の考えていることが掴めなかった。
「流刑に処されて益になるなんてこと、本当にあるのでありますか?」
ケリーを目の敵にしていた医師にとっては、これは間違いなく吉報であろう。事情はどうあれ、王都からケリーを追放できるのだから。しかし、それがケリー自身にとって、よいことである訳もない。
「もちろん普通に考えれば、君にとっては紛れもない不幸だ。だけれども、君の目的を実現するための、一つの助けになるとは思う」
イヴァンの発言に、ケリーははっと頭を上げた。自分の目的、それをどうして、彼が知っているのか。その答えは、単純明快。皇帝がその権力を振るい、この魔術医師の経歴や行動を、詳しく調べたためであった。
「君の、魔術医師としての目的。それは、裁き人によって半永久の眠りについた人たちを、再び目覚めさせること。違うかい?」
裁き人という言葉に、ケリーは生唾を飲み込んだ。それを悟られないように、わざと大きく頷いてみせる。
「君は、その眠りについて、どう考えている?」
「……悪性のマナによる魔法の効果、身体機能の減衰効果、精神機能の抑制効果。この三つのために、長い眠りにつくのだと考えているのであります」
ケリーの言葉を、イヴァンは黙って肯った。
裁き人は、人々を忽然と消失させる権能を有する。これを裁きと、一般に呼ぶのであるが、これとは別に、裁き人にはもう一つ、知られた力がある。それは、眠りである。辛くも裁きを逃れた人間も、意識が戻らなくなる症例がある。単なる黒魔術の、悪性のマナによる汚染ならば、目覚めることもある。だが、裁き人が絡むとなると、話は別である。イヴァンの知る限りにおいて、裁き人のもたらした半永久の眠りから覚めた者はいない。
「それと流刑と、一体何の関係が……?」
イヴァンは、懐から、錆びた大きな鍵を取り出した。もう数十年、或いは数百年も使われていないような印象である。
「アーレンツ辺境伯領の林間に、裁き人のもたらす眠りに冒された人々が収容されていたサナトリウムがある。裁き人に由来する悪性のマナの吹き溜まりになっている禁足地だが、恐らくそこには、裁き人につながる何かが、あるはずだ」
ケリーは、イヴァンの顔と、その手の中の鍵を、交互に見比べた。確かに、それならばケリーの側にも、かなりの利益となる。
「どうだい、行ってくれるかい?」
立ち上がったイヴァンが、鍵を差し出す。ケリーに、断る理由はなかった。
「とまぁ、こういう訳なのであります」
「無茶苦茶じゃないの」
ソフィは、皇帝の破天荒な行動に、いつものことながら呆れてしまった。あれで中々、傲慢になったものだと、心の中で独りごちる。
「それで、サナトリウムには行かれたのですか?」
イーリスの問いかけに、ケリーは、開いていた口を真一文字に結んでしまった。その行動の意味するところは、つまり、未だそこには訪れていないということなのだろう。
「私だって、いけるなら行きたいでありますよ。でも、マナが思った以上に濃くて、少しも留まることができないのであります」
肝心のサナトリウムが調べられないのであれば、流刑の大きなメリットが消失したも同然である。しかし、ケリーの表情に、落胆の色は薄い。
「でも、面倒なヤブ医者たちに絡まれる心配もなし、おまけにヒカルくんやアテナさんにも出会えて、よかったのであります」
「……俺に?」
ケリーはにこやかに頷いた。何某かの思惑に、ほくそ笑むといった方が正しいような気もするのであるのだが。その真意を追求しようとしたヒカルであったが、ケリーが次の言葉を放つ方が速かった。
「アテナさんは、不思議と裁き人に由来する悪性のマナに浸潤されているのであります」
ケリーはそう断言するものの、アテナと行動を共にしていたヒカルは、身に覚えがなかった。王都で、裁き人と対面していたのは、ほんの一瞬のことであった。サーマンダにおいても、そこで行われた黒魔術儀式の内容こそ、得体の知れないものであったが、裁き人の影はなかった。故に、アテナの眠りは、黒魔術由来の悪性のマナが原因であると、誰もが考えていたのである。
(どこで……、どうして裁き人が……?)
ヒカルがいくら考えても、甲斐がなかった。アテナが、知らない内に裁き人に関わっていて、身体を汚染されたというのが、現時点で分かる最大限であった。ただ、それだけでも、彼女が起きてこないことに説明がつく。そして、それを指摘したケリーならば、治療も可能であろう。
「ただし、そのためにはヒカルくん、君の力を借りねばならないのであります」
ケリーを見つめていたヒカルは、その黒く輝く両眼に、反対に捉えられた。雲を掴むような感覚に、ヒカルは、咄嗟に言葉を紡ぐことができなかった。