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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第四章・心界編
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ぎくり

「さぁ。ここが私の家なのであります」 


「いや、大き過ぎるでしょ」


 ケリーが指し示した建物を一瞥したソフィは、呆れを隠そうとしない。自らが管理する武器庫よりも、一回りか、或いは二回り程も大きい。もっともソフィにとっては、流刑人の身分であるはずの女が、自由に森の中を出歩いている時点で、何か、特殊な事情があるのだろうということは、想像がついていたのだが。


「大きいんですか……、じっちゃんの家もこの位だったけどな」


「少年の事情は、もっと特殊だったわ……」


 もう、ヒカルの常識との乖離に、構うことすらしなくなったソフィは、ケリーの後に着いて、ささと家の中に入っていってしまった。



「それじゃ、さっそくその子を見せてもらってもよろしいでありますか?」


「……その前に」


 通された部屋は、恐らくは、広い造りとなっているはずだ。だが、散乱している実験器具や書籍のために、足の踏み場がない。その部屋の中央の辺りに置かれた、簡素なベッドを指差し、嬉々として尋ねるケリーを、ソフィが遮った。


「何でありますか。あ、客人に出すようなお茶はないでありますよ。流刑人はそんな贅沢品は持てないでありますからな」


 自分の興味の対象を調べることは、彼女にとっては無上の喜びであるらしく、また、それを邪魔されるのは、不愉快極まりないという内心が、まるで見えるかのような態度である。頬を膨らませるケリーに、片手で結んだ髪を弄びつつ、空いたもう片方の手で、机上のフラスコを示したソフィは、探るように言った。


「……なら、そもそもこんな実験器具も、与えられないはずでしょ」


「ぎくり」


「ぎくりって……」


 思えば、出会った時から不自然ではあった。流刑人といいながら、森を自由に出歩き、監視が置かれている訳でもない。高度な魔法を使いこなす人間がどれだけの危険を孕んでいるか、皇帝たちが知らないはずがない。おまけに、満ち満ちる程の器具まで与えるとは。これでは刑にはなり得ない。おおよそ、彼女が望むであろうものは、揃ってしまっているのだから。


「答えて。本当は流刑でも何でもないんでしょ?」


「……そ、そうであります」


「そうでありますって……、じゃあ何故、流刑に処されたことになってるんですか」


「それは……、話すと長くなるでありますよ」



 ケリーが、“流刑”によってこの地を訪れる前、彼女は王都、ゲレインの外れで、一人で魔術医学の研究を行っていた。違法な魔術を使っていた訳でもなければ、やましい気持があって、他の医師たちと関わらなかった訳でもない。彼女の治療法は、膨大なマナと高度な魔法の技術を要求するものであるため、彼女一人だけの方が、都合がよかっただけなのである。


 ただ、その異様な効果は、人々には不気味に映ったのであろう。特に、一部の医師たちは、ケリーの治療を、黒魔術を用いたものだと決めつけて、讒言を行った。その時は、いくら詳しく調べたとしても、証拠となり得るものが見つからなかったために、無罪放免となった。


 一安心したのも束の間のこと。ケリーはその後すぐに、皇帝の使者の来訪を受けることとなった。使者は、戸を開けるなり、皇帝の印章の押された紙を突きつけてきた。そこには、流刑、追放などといった、不穏な文字が見て取れる。


「な、何でありますか? 調査で私が、黒魔術師じゃないってことは、はっきりしたはずでありますよ」


「しかし、命令でな。ケリー・レクシィ、お前をアーレンツ辺境伯領への流罪とする」


 有無を言わさぬ、使者の声音。ケリーは、抵抗することも可能であったが、元より何らの法も犯していない自分が彼らを傷つけては、弁解の余地も与えられないであろうと考え、大人しく従った。


 連れて行かれた先は、ワルハラ鉄道の駅ではなく、ワルハラ王宮の、それも最上階の王の間であった。中にいたのは、皇帝、イヴァンと、その執事と見える男。そして、金髪の、閑雅な女であった。


「ケリーというのは君か。帝国の医師五人の連名で、君に何らかの処罰を求める訴状が届いてね」


 皇帝は、テーブルの上に目を落とした。ケリーに裁きを望む者が、虚実綯交(ないま)ぜに書いたであろう書状が置かれている。


「そ、それで私を、流刑にするのでありますか……!? 法に触れるようなことは、決して、していないのであります!!」


「分かってるさ。君は、何も犯してはいない」


 イヴァンは、平調で言ってのけた。それを聞いたケリーの心には、ひとまずの安心を押し流す、不穏な濁流が去来していた。皇帝は、ケリーの身の潔白は理解している。しかし、医師たちの訴えを聞き、双方を秤にかけて、ケリーを切り捨てることにした。そのように聞こえたからだ。


「……じゃあ、何で」


「決まっておろう。わ主にとってもまた、益となるからじゃ」


 真意を掴みかね、問い質そうとしたケリーの言葉を、金髪の女性が遮る。嫣然としていて、またどことなく人を見下したような口調である。


「貴女は?」


 訝しげに尋ねるケリーに、女性は、知らないのかと、呆れたような目線を向けた。


「妾は、ワルハラ帝国の法の番人、名をフランソワーズ・サユゥフワというのじゃ」


 そう言って、金髪の女性、フランソワーズは、優雅に笑ってみせた。

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