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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第四章・心界編
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森林の流刑人

「誰っ!?」


 鋭く声を発するソフィ。その視線の先に、特徴的な出で立ちの女性が一人、立っていた。濃紺のローブに身を包み、紫の髪を長く垂らしたその女性。頭上に頂く黒い布のヘッドドレスから、長い耳が覗いている。兎の耳だ。


 ただ、それ以上に、彼女の放つ独特の魔力が、彼女の存在を、より特異なものに昇華させていた。あたかも夜の濃密な黒い気配を纏っているかのようであり、近づき難ささえ覚える。


「……問うまでもなかったわね」


「おぉ、私のことを知っているのでありますか!?」


 ソフィは、無言で頷いた。知らぬ訳もなかった。


「流刑人が、どうして出歩いているのかしらね……」



 群を抜いた力の持ち主の登場に、虎狼たちに焦りと戸惑いが生まれる。この怪物のような女は、自分たちにとって敵か、味方か。数十の目が蜂の巣のように固まって、その女を睨む。


「流刑人!?」


「確かにその通りでありますが……、もっと別の紹介の仕方はなかったのでありますか……」


「間違いではないでしょう」


 ヒカルの声に、女性は苦笑いを浮かべつつ、肩を竦めた。この飄々とした態度と、まるで場違いな仕草。経験則であるが、ヒカルが出会ってきた中で、このような人物は、軒並み何某かの突出した力を有していた。ショーンの口振りから察するに、それは魔術医療の力ということになるのだろうか。


「そっ、それより、助けてくださりませんか!? 私たちではどうすることもできず……!」


 日向の明かりのような呑気な会話に、切羽詰まった声音でイーリスが割って入る。流刑人の女の登場で、虎狼たちの注意は逸れたが、危機的状況には変わりない。それを理解した上で、女は口元に置いた手の下で、薄笑いを浮かべた。


「いいですが、一つ条件があります」


 そう言うなり、女は人差し指を立てると、真っ直ぐにアテナを指差した。


「そこの女の子を調べさせてくれれば、虎狼を無力化するでありますよ。さぁ、どうするでありますか?」


「問題ない。勝手にしていいから、早くしなさい」


 間髪を入れずに答えるソフィに、流刑人は拍子抜けしたような顔になった。恐らく、何らかの抵抗を受けると思い込んでいたためであろうが、元々ヒカルは、診察、或いは調査を受けるつもりで、この地を訪れていたのだ、断る理由がない。


「それなら、いいのでありますが……。些か驚きました、イヴァンも中々どうして、不用心であります」


 尚も釈然としない様子の女であったが、しかし、約束は約束である。呼吸を整えた女は、袖口から魔杖を取り出した。


「『魔道陶酔(アネスティジア)』〜、眠るでありますよぉ〜」


 気の抜けた声と共に、彼女の足元に魔法陣が展開し、澄んだ青色の光を放つ。光は、柔らかく虎狼たちを包み込んでは、次々と眠りへと誘っていく。そうして一瞬の内に、数十匹の虎狼の群れは沈黙した。



「改めまして、自己紹介させていただくのであります。私はケリー・レクシィ、魔術医師兼研究家で、……今は流刑に服しているであります」


 そう言って、恭しく辞儀をするのが、故あって王都を追われた流刑人、ケリーである。言葉遣い、立ち振舞いこそ様々な意味で目を引くものではあるが、その品行は方正であるようだ。


「私は王宮付の武器庫の管理人のソフィ。こっちが、軍需大臣付メイドのイーリス」


「はじめまして、イーリスと申します。……危ないところを助けて頂き、ありがとうございました」


 ソフィの、促すような手に応えて、イーリスは深々と腰を折る。ケリーは、恥ずかしげに顔に手をやった。感謝される程のことではないと、小さく呟く。


「それで、そこの二人は?」


「俺は、失踪事件調査本部の、ヒカルといいます。それで、この人は、同じく調査本部所属のアテナです」


 淡々と述べたヒカルを、ケリーは舐めるような目で見つめる。一対の黒曜石に見竦められたヒカルは、思わず目を逸らした。ワルハラに来てすぐに、こんな経験をしていたな、と思いつつ。


「……ヒカルくんが、どうかされましたか?」


 あまりに長く、石のように見つめるケリーに、イーリスが、僅かなる焦燥の色を滲ませながら尋ねる。そのケリーは、感嘆なのか、呆れ果てているのか、大きくため息をついて答えた。


「…………いやぁ、中々どうして、マナがすごいことになっているでありますなぁ。大方、この子の治療のために来たんでしょうが……」


「そんなに、酷いんですか……?」


 ヒカルは焦った。王都での治療続行による効能はなく、回復の見込みも立たない、藁にも縋る思いでショーンの言葉を信じ、遥か極東までやってきたというのに――。ここで見放されれば、いよいよアテナの前途は暗澹となるであろうことは、容易に想像できた。


 不安げなヒカルの気配を感じ取ったケリーは、彼を安心させるためか、努めて柔和な笑みを現出させた。


「でも、きっと大丈夫であります。少なくとも、立って、歩けて、話せるようにはなるはずでありますよ」


 治療のために、ヒカルたちはケリーに案内され、彼女の今の住まいに連れて行かれた。

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