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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第四章・心界編
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虎狼の森

 森の中には、外界とはまったく異なる世界が広がっていた。風は冷たいが、木々の葉は落ちることもなく、くすんではいるものの緑色を保っている。決して常緑樹ではないであろうそれらが、冬の太陽を受けて、小動物たちに木陰を提供している。


「風がないと、少し温かいみたいですね。これはやっぱり、鉱山の影響ですか?」


 ソフィは、周りの風景に、目を奪われていた。花をつけた木、果実を実らせた木が、鳥に餌を供しているのである。おおよそ、冬の景ではない。ともすれば、マナの力が影響していると考えるのは、道理であった。


「そうよ。鉱山を中心として、大量の魔力が大地を流れている。森を育てる水のマナが、豊富みたいね」


 地表を一瞥したソフィは、独り言のように述べた。それを聞きながらヒカルは、サーマンダ公国の周囲が、緑に覆われていたことを思い出していた。ヒカルは使いこなせていないが、マナや魔法には、やはり強大な力がある。


(俺が、魔法を使えないのも、診てもらえるんだろうか……)


 ヒカルの剣術に魔法が合わされば、更に強い相手とも渡り合えるだろう。直接の剣撃を加えなくとも、相手を倒すこともできるかもしれない。そう妄想するヒカルに、釘を刺すかのように、ソフィは指を突きつけた。


「少年、分かってるとは思うけど、大量のマナは、凶暴な獣の餌にもなる。少年と少女の魔力は、そいつらにとっては餌にしかならない。……守ってあげなさいよ」


「……分かってるよ、その位」


 いざという時の勝負勘は、並の術士の魔力探知よりも冴え渡るヒカルである。その自覚があるのか、はたまたないのか。ヒカルはアテナを抱え直しながら、刀の柄を確かめるように握った。その時であった。


(……!?)


 遥か遠方から、しかし、はっきりとした気配が近づいてくる。それも、一つではなく、複数。森の木々の間を縫うように、迫り来るそれらは、やがて大地を鳴動させるが如くの威力でもって、唐突な石壁のように現れた。


「厄介なのに見つかったわね、虎狼よ。隙を見せたら屠られるから」


 ソフィの呟いた、厄介という言葉。ヒカルが、その真意を理解したのは、虎狼と呼ばれたその獣の群れに、辺りを囲まれた時であった。


「こ、虎狼って、あの虎狼ですか!?」


 恐ろしさに、声を振り絞るようにして問うイーリス。彼女がここまでの恐怖にかられるのも無理はない。ワルハラ最大級の肉食哺乳類であり、龍種を凌ぐ凶暴性と俊敏性、さらに高い知能を併せ持った狩人である。


 獲物に狙いを定めれば、気配を消して群れで近づき、一匹たりとも逃すことなく、仕留める。その狩りの成功率は、おおよそ九割、非常に高い。もし、運良く包囲から逃げおおせたとしても、待っているのは追撃だ。人間二人か、大きいものでは三人分程もある、黒い縞の入った灰色の、堂々たる体躯が、その見かけからは想像もつかない速さでもって襲いかかってくる。


「どう、するんですか……」


「自分で考えれば?」


 声を潜めてソフィに問いかけても、彼女の答えは、突き放すようなものであった。彼女の伝えたいことは一つ、守るべきものを守れ、である。


 アテナを庇いつつ、ゆっくりと鯉口を切る。強烈な魔力を放つ刀身が姿を現したことに、群れなす虎狼も一瞬たじろいだ。


「あいつは、魔力を食いますか?」


「他の魔法生物の例に漏れなく……」


「……分かりました、ありがとうございます」


 刀が餌になるのは、流石にまずい。刀を鞘に収め直したヒカルは、徐々に、虎狼へと近づいていく。その進む先には、ショーンの言っていた、流刑人の収監された建物があるらしい。


 差を詰めてくる少年に、虎狼は後退る。考えなしに突っ込んでくる程、彼らは愚かではないということである。ソフィの言っていた通りだ。ヒカルは、胸を撫で下ろした。


「ゆっくりついてきてください……、刺激したらまずいんでしょうから」


 しかし彼らとて、黙って獲物を見逃してやる程に、優しいという訳でもない。ヒカルが自らの行動の間違いに気づいたのは、振り返りざまに見えたイーリスの、喫驚の表情を認識した時であった。


 肩越しに、獰猛な圧力を感じる。風の運ぶその気配は、低い唸り声より先に、ヒカルに届いていた。ヒカルの視線が切れたその時を、そのひときわ大きな虎狼は見過ごさなかった。


「油断してんじゃ……」


 急いで刀を振り抜こうとするヒカルに、怒気を含んだ声が覆い被さってくる。能力を解放したソフィが、魔力が集中した垂れた白衣の右の袖をはだける。そこから覗くのは、鈍く光る銃身だ。


「……ないわよっ!!」


 その直後、周囲の木々を揺らす轟音と共に、銃弾が発射される。飛びかかってきていた虎狼が、空中でくの字に折れ曲がったかと思うと、次の瞬間には、遥か後方まで飛んでいってしまっていた。


「お、お三方とも、大丈夫ですか……?」


「大事ないけど……」


 心配気なイーリスに、ソフィは息をつきながら、辺りを見回す。幸いなことに、ソフィ自身はもちろん、ヒカルとアテナにも怪我はなかった。だが、状況は好転していない。むしろ悪くなっていた。


(群れの意識が高い奴らの目の前で、一匹撃ち殺したのは失敗だった……。どっちか一方が全滅するまで、終わらない戦い……)


 下手をしたら、ここで深手を負いかねない。ソフィだけならばよかったが、眠るアテナと、非戦闘員であるイーリスを庇いながら、ヒカルと二人で、どれだけ戦えるか。考えている間にも、虎狼の群れの戦意は、目に見えて高まってきている。


「せめて、魔法が使えれば……。倒せなくても、せめて無効化できれば……」


 ソフィの言葉に、ヒカルも必死に打開策を探る。しかし、この森の中、助けが来るはずもなく、誰一人魔法を使えない。力で押し込まれたらば、太刀打ちできない。万事休すか――。



「フム、お困りのようでありますな」


 その声は、突如として聞こえてきた。

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