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終末のアラカルト  作者: 大地凛
序章・黎明編
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二つの蕾

 ヨハンの家で一夜を過ごしたヒカルは、鳥のさえずりで目が覚めた。いつものように起きることもできないのは、この一週間、件の本の昔話のせいで、よく寝つけなかったからであろう。眠たさに目を擦りながら、彼はむくりと寝台から起き上がる。窓の外の明るさと喧騒から察するに、もう朝も遅い時間なのではないのだろうか。


「やっと起きたか。まぁいい、朝餉の準備はできているから、早く来い」


 ヒカルが階段を下りると、ヨハンがパンを食べているところだった。


「おはようございます、これはヨハンさんが?」


 ヨハンは、まさか、と首を振った。流石に伯爵家の人間ともなると、自分で料理はしないらしい。


「はいはいぃ、それはですねぇ、私が作ったのですハイ」


 後ろから嬉しそうな声がしたので振り向くと、はたきを持った男が……、もとい、腕に羽毛の生じている男が得意気に立っていた。


「執事のトゥラッシだ。有翼人だが飛ぶことができないそうで、父が雇っていた」


 トゥラッシは、風切り羽根で鼻眼鏡を直しながら、ニコニコとして頷く。もしかしたら、朝の鳥の鳴き声は、彼のものだったのかもしれない。


「そういえば、マリアが戻ってきたそうだな。間違いはないのか?」


 ヨハンがそう聞くと、トゥラッシはぶんぶんと音がする位に首を振った。そのマリアなる人物は、果たして何者なのか。ヒカルがそれを問い質すと、ヨハンは、お前に関係あることなんだが、と話し始めた。


「マリアは、ものの能力を読むことができる能力者なのだ。お前の能力が、一体どんな花を咲かせるのかが、分かるのではと思ってな」


「彼女はですねぇ、ワルハラ王宮付の給仕長なんですハイ」


 カスパーも能力を調べることができる者がいると言っていたが、その能力の保持者が彼女であるらしい。会ってみたい旨をヒカルが伝えたところ、その予定なので、さっさと朝餉を食べて、私とともに王宮に向かうぞ、と返された。



「あ、ヒカルくん。おはよう」


 案内された部屋に入ったヒカルを一番に出迎えたのは、昨日出会ったばかりのアテナであった。どうやら彼女も自身の能力を調べてもらっていたらしい。


「お、おはよう。……アテナは、能力を調べてもらってたの?」


 アテナは微妙な面持ちで首肯した。何か不都合でも起きたのだろうか、と考えていると、背後からいきなり肩を叩かれた。


「何です……、ってぇ!?」


 振り向いたところに人の顔があったことに驚き、ヒカルは素っ頓狂な声を上げる。肩を叩いてきた人物は、その様子を呆気にとられたように見ていた。


「男が情けない声出すんじゃないよ! ……と言ってもまぁ、私のせいか」


 金色の髪を後ろで結んだ女性、恐らく彼女こそがマリアなる人物なのであろう。ピンと尖った耳を見るに、恐らくエルフの血筋か。とにもかくにも、勝ち気そうな女性である。


「それで、私の能力は分かりましたか? マリアさん」


 アテナは、マリアが部屋に戻ってくるのを待っていたのだ。横からそう尋ねるのだが、マリアの表情が曇ったことから察するに、アテナの願いは叶わなかったのであろう。


「ごめんね、アテナちゃんの場合、記憶が飛ぶ位の衝撃を受けたせいで、マナの循環が狂っちゃってるみたいなんだ。まぁ、正常に戻らないことには、能力も開花しないだろうね」


 そうなんですか、とアテナはしょげかえる。彼女もマナの循環については何となく気づいていた。違和感というのだろうか、自分の抱える体内の魔力鉱石、つまり輝石が、まったく力を放っていないためである。この違和感を払拭しない限りは、能力の覚醒など不可能だった。


「さ、とっととやっちゃおうか。次はあんた、ヒカルだっけ?」


 気を取り直したマリアに指差され、ヒカルは肯う。しかし、どうやって相手の能力を計るのだろうか。ぼうっと考えていると、マリアの顔が再び近づいてきた。思わず後退りすると、無言で距離を詰めてくる。


「な、何か顔についてます?」


 苦笑いしながら、そう尋ねてみる。或いは魔法を知らないヒカルが、何かまずいことをやらかしてしまったのかもしれなかった。だが、現実はそのどちらでもなかった。前髪をかき上げ、額を曝け出すマリアに、ヒカルはますます困惑した。


「ほら、あんたもおでこ出して?」


「……は?」


 朧気な記憶の隅にある母がしたように、熱でも計るのかと思っていたが、これこそが、彼女の能力であるらしい。肌に直接触れて、マナを両者の間で循環させ、魔力組成を見るというのだ。それなら額どうしを突き合せなくてもよい気がするのだが、先程のアテナの例のように、脳や記憶の働きが能力に関係してくることもあるので、なるべく脳に近いところマナで調べたいということらしい。とはいったものの……。


(恥ずかしい……、それに、皆が見てる……)


 脇ではアテナが見守り、入り口のところには、同行してきたヨハンと、いつの間に現れたのだろう、皇帝、イヴァンが、頭をくっつけた二人をつぶさに観察している。その期待に満ちた瞳は少年のように輝いている。やりにくいといったらありはしない。


「…………。はい、終わり!!」


 マリアの声で、弾かれたように素早く、ヒカルは彼女から距離をとる。なんだかとても長い時間が経っていたかのようである。人が、自分の間合いというか、好ましい距離感よりも内側に入ってくると、どうも精神が安定しない。しかし、マリアの方もまた優れない顔をしていた。


「やっぱりだめだ。何度やっても見えてこない」


 匙を投げるマリアに、イヴァンは落胆した表情を浮かべた。恐らく、アテナの能力も分からなかったと知らされていたのだろう。しかし、すぐに笑顔を作ると、マリアに質問を始めた。


「どうしてヒカル君は、能力が判明しなかったんだい?」


「うーん……、確か、彼は失踪事件で両親と離れ離れになってますよね? その記憶が、能力者の体内の輝石に影響を与えて、蓋をしているような状態になっているんじゃないかと」


 イヴァンは、なるほどね、と頷いた。こうなった以上、能力は自然に発現するのを待つしかないのであった。

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