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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第四章・心界編
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結節点は東に

「ソフィ!?」


 いきなり扉を開き、叫ぶように名を呼んだ闖入者に、桃髪の少女、ソフィは、一瞬、驚いたような顔をしながらも、すぐに呆れを現出させて、大きくため息をついた。


「煩いと、二度言わないと分からないの?」


「何でここに!?」


「少年の質問に、いちいち答えてあげる程、私は暇じゃないのよ」


 そう言ったきり、手元の本に目を落とすソフィ。しかし、ヒカルの記憶が確かならば、彼女は王都にある武器庫の管理人だ。官位や爵位こそ伴っていないものの、皇帝にとって、王都にとって、それなりに重要な人物であるはずだ。


 それに、先の王都での一件で、彼女も戦闘に参加し、能力を発動させていた。貴重な能力者が派遣されたということは、重要な役目を帯びているはずだ。


「何で東に……」


 ヒカルの、探るような視線に、ソフィは居心地が悪くなったらしい。先程より大きなため息をつきながら、諦めたように、力を込めて本を閉じた。


「東の鉱山に隣接した、アーレンツ辺境伯領の軍需工場。そこからの武器の生産が、最近滞っているらしい……。相手が相手だから、ホントはエルヴェに行かせた方がよかったけど、仕方ないわね」


 彼女も、アーレンツ辺境伯に用事があるのか。ヒカルは、心の中で手を叩いた。


「俺も、アーレンツ辺境伯を訪ねに行くんです」


「ふぅん、動けない彼女も一緒に?」


 茶化すように言ったソフィだったが、押し黙ってしまったヒカルを見て、三度、ため息をついた。


「……悪かったわよ。どうせ少年のことだから、裁き人関係なんでしょ」


「はい。……でも、それとは別に、アテナの治療を受けに行くんです」


 治療という言葉に、ソフィは訝るような視線を投げかける。確かに、普通に考えれば、後進地域の東方より、王都ゲレインを始めとした大都市が点在する西ワルハラの方が、高度な治療を受けることができるだろう。


 しかし、アテナの回復のために、手段は尽くされていた。これ以上を望むならば、正攻法では上手くいくはずもない。藁にも縋る思いであった。


「胡散臭いわねぇ……。少年、よくあの男の言うことを鵜呑みにできるわね。あれで中々、腹黒いわよ」


「でも、嘘をつくような人じゃないでしょう」


「違うわね。あれは、真実だけで人を陥れることができる部類の人間よ……」


 真実だけで、その一言が、ヒカルの頭に引っかかる。ショーンの提案は、善意からのものであっただろうし、医師であるドクトル=クレイモンの了解も得ている。何らの問題はないはずだ。今はむしろ、希望的観測に、少し位、胸を遊ばせていてもいいような気もしてしまう。


 だが、一度意識し始めると、やがて不安が山のように襲いかかってくる。ショーンは何か、企みがあって、ドクトルを味方にできる状況を利用したのか。それは、ヒカルたちを東方の流刑人のところへ誘導したかったのか、それとも、王都から遠ざけたかったのか。可能性はいくらでも広げられるが、真実は一つだけだ。その真実が、ショーンの掌の上であったとしたら……。


「……いや、それでも、アテナが目覚めることは皇帝も望んでるはず。皇帝に逆らってまで何か企むことで、ショーンさんに利益はないんじゃ……」


「ついこの間、皇帝に牙を向いて国外に行ってしまったのは、どこの誰かしら?」


 そう述べては、悪戯っぽく舌を出すソフィに、ヒカルは二の句が継げなかった。理詰めの議論は、ヒカルはあまり得意ではない。ソフィの言葉ももっともである。


 だが、何れにしても、決定的な失敗が予期される時には、必ず皇帝が動くはずだ。それを証拠にする訳でもないが、ヒカルはヒカルとして、ショーンの導きには納得していた。


「……まぁ、信用するかしないかは勝手だけど。親友の白ロバ程、従順じゃないから」


「……そういえば、ヨハンさんはどうしてるんだろう」


 白ロバで思い出したことがある。ヒカルの生まれ故郷である倭国まで、彼を探しに訪ねてきた男。皇帝に雑用のように扱われ、見えないところで愚痴を吐き出していた男。そしてまた、作戦の失敗で、遥か東方まで左遷された男。ヒカルたちの目指しているのは、アーレンツ辺境伯領であるが、辺境という位であるから、ワルハラの大地の果てであるのだろう。そこに、ヨハンはいるのだろうか。


「知らないわ、私は軍人じゃないし。着いてから誰かに聞いてみれば?」


 ソフィは、素っ気なく返した。



 ヒカルが去った客室は、やけに広々とし、静かである。走行音だけが延々と響くようで、本の内容は全く頭に入ってこない。車窓に目を移しても、霜枯れの原が荒涼として広がっているのみである。胸騒ぎが、余計に強くなるだけだ。


(あの子は、珈琲一杯持ってくるのに、一体どれだけかけるつもりかしら……)


 あてもない不安は、眼前の苛立ちに直結させてしまえば、いくらか和らぐ。幼い見かけであるが、彼女は不思議と、内心を上手くあしらうことには長けていた。


 その時、扉を叩く音がした。


「申し訳ございませんソフィ様! 調理室に、中々入れてくれなくて……」


 扉越しに繰り返される、しおらしい言葉。自分が悪者であるかのような気になって、ソフィは多少の不愉快を覚える。


「まったく、いつまで経っても要領の悪い……。エルヴェもよく、いつまでも雇っているわね」


 珈琲を片手に扉を開けたメイドの少女、イーリスは、咎めるような口調に、小さく唇を噛み締めた。

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