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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第四章・心界編
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追認

 ヒカルの慮りは、結果として杞憂であった。ドクトルも、自身の病院での医療の限界は理解していたし、今後、重病の魔創を負った患者が運び込まれれば、悪性のマナが伝播しないとも限らない。行くのであれば急いでほしいというのが、ドクトルの見解であった。


「でも、本当にいいんですかね。皇帝は怒るんじゃ……」


「えぇ、まぁ、怒るでしょうね、ハイ。ですがねぇ、陛下の合理的精神はですねぇ、えぇ、とにかく筋金入りなのですハイ」


 病院から、ワルハラ鉄道の駅までの道のりを、どのように目立たずに運ぶかという課題はあったが、ショーンの計らいで、すぐに助っ人がやってきた。王都にあるヨハンの屋敷に仕えている、半人半鳥の執事、トゥラッシである。彼は、いつも通りの、どこかおもねるような口調のままに、皇帝、イヴァンを、そう形容した。


「陛下の周りにはたくさんの側近たちが、常時貼りついている。陛下が認めても、周りの側近たちが認めなくては、簡単にことは進まないでしょう」


「でも、事後報告なんて……。もし、陛下が怒ったら、ショーンさん、どうするつもりなんですか」


 ショーンは眉尻を下げて、その時は、僕が怒られればいいよ、と笑った。


「驚きましたですね、ハイ。ショーン様は、えぇ、やはり慎重な方とお見受けしておりましたので……」


「何、僕も、君の主人と同類なのさ」


 ヒカルは、肩を竦めてみせるショーンを見ながら、ヨハンとの奇妙なつながりのようなものを見たような気になった。作戦の失敗で左遷されたヨハンと、その空白に滑り込んだショーン。二人は、参謀本部の中では相対立していたはずである。しかし、一歩外に出てしまえば、よき友人ということなのか。


「そういえば、ショーンさんとヨハンさんって、昔から仲がよかったんですか?」


 ヒカルがふと、思ったことを口にすると、黒髪の参謀は、何とも気まずそうな顔になった。


「……そう、だね。まぁ、彼は昔のことは話したがらないだろうけれども……」


 含みのある言い方は、それ以上の詮索を拒むかのようであった。それを察することができぬ程、ヒカルは人づき合いが苦手ではない。


 そんなことを考えている内に、馬車はワルハラ鉄道の駅に到着した。相変わらず忙しそうに動き回る人々、マナの動きも活発であるため、ヒカルやアテナがいたとて、特に目立つということもないであろう。


「じゃ、頑張って!」


 ショーンとトゥラッシに見送られ、ヒカルは客車に乗り込んだ。以前と違い、予約され、特別に誂えられた部屋ではないために、幾分か居心地の悪さこそ感じたが、座ることができれば、ヒカルは問題なかった。西の戦地へ赴く列車とは対称的に、東へ向かう列車は人が疎らである。


(だけど、アテナは大丈夫かな……)


 体調は良好であるため、寝かせておけば問題はないだろうと診断された青髪の少女は、揺れる車内の簡素な寝台で、安らかな表情で眠っている。一定の間隔で唇が小さく開いては、長く息が吐かれる。肩を叩けば今にも起きてきそうであるが、その試みは、既に数十、数百と行われた後であった。


 改めて見ると、やはり整った顔立ちをしていると、ヒカルは嘆息した。閉じられた目蓋の裏にある翠の瞳は、見る者を引き込むような深い色をしているが、光を受けると、一際明るく輝くのだ。胸の下で組まれた指は、長く、細い。少し痩せ気味で、雪のように白い肢体は、触ると折れてしまいそうな程に儚い印象であるが、薄桃に色づいた頬が、彼女の生と、内在の力と芯の強さを、声高に主張している。


 ヒカルは部屋の中から探し出した布団を叩いては、彼女の上に被せていく。気温が低くなったように感じたためであるが、実際、軌条を行く内に、空には段々と黒雲が立ち込め、陽光を隠してしまっていたのである。



(アテナ……、俺は、これからどうするべきなんだ。どうすれば、全員が幸せになれるんだ……)


 座席は固く、腰を下ろしても休まることがない。長旅では堪えるであろうが、ヒカルにはその位が丁度よかった。休む暇などないというのが、ヒカルの考えであった。


(裁き人は強い、人間の域を超えてる……。それでも、倒さなきゃいけない……。問題は、どう倒すかなんだ……)


 三回の、大きな危機を乗り越えたヒカルは、はっきりと分かった。自分の振るう刀では、裁き人には届かない。止まる訳にもいかぬのだが、意味もなく命を散らすことは、避けねばならない。生きて両親を助けて、帰ると、育ての親の老爺には言ってしまったのだ。今更覆すつもりはない、現実のものとせねばならないのだ。


(今のままじゃ駄目だ……、ガリエノさんの代わりといったって、結局、人を切ることはしなかったじゃないか……)


 ヴェイルからワルハラに帰る途中の、ジャックスの表情を思い出す。悩みを解消した、晴々とした顔のどこかに、鬱屈とした後暗さを隠し持っていた。


「やってやる、裁き人を倒す、倒すんだ……!!」


 何度も膝を叩いて、自分を鼓舞する。刀の持つ力に、自らの背負うものに、眼前に立ち塞がる脅威に、負けないように、何度も何度も、何度も叩いて言い聞かせる。



「ちょっと、煩いのだけれど?」


 隣の部屋から、甲高い声が聞こえた。ヒカルにとっては、どこか聞き覚えのある声であった。

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