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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第四章・心界編
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より合わされる糸

 王立病院には、以前にも増して多くの病人が詰め込まれていた。前線での戦いは激化の一途を辿っており、戦地病院では不可能な高度な治療を施すために、絶えず兵士が運び込まれてくる。その中には、悪性のマナによって苦しむ者も、何人も見受けられた。


「国際法違反だよね、黒魔術の戦争利用は」


 ヒカルに声をかけてきたのは、参謀本部に勤める、黒髪の若い軍人、ショーンであった。ジュゼッペ参謀総長の左遷や、前線に出向いた有力な方面軍付参謀長の死傷などによってところどころに生じた空席。楽勝の椅子取りゲームをこなした彼は、またたく間に参謀副総長への出世を果たしていた。


「俺には、戦争のことはよく分かりません」


 そう、ヒカルが応えると、ショーンは素っ気ない素振りで、生返事を返した。


「あの、ショーンさんはどうしてここに……?」


「用事は一つ済んだ。今後の戦略を練るために、前線に出ていた兵士たちに話を聞くこと。後は、君と同じ」


 黒い巻き毛の、首にかかるところを、指で掻き回しながら、ショーンはヒカルの方を振り返った。二人の目指す部屋は、廊下の奥にある。



 他の部屋に比べると、真っ白な内装と整った調度、たった一つの大きなベッドと、質素であるが、優雅な印象だ。そこに寝かされた少女は、あたかも物語の中の眠り姫のようである。


「聞くところによると、君は陛下を説得したみたいだね。彼女も喜んでるだろう」


 ショーンは、そう言いながら、寝息を立てる少女の顔を眺める。呼吸は安定し、脈拍にも異常なし、マナにも問題はないはずである。しかし、彼女は目を覚まさない。イヴァンもそれを憂慮して、ショーンに様子を見に行かせたのであろう。


「説得……、不思議なんですけどね。何で俺と裁き人の関係を断ち切ろうとしていた陛下が、急に討伐を許したのか……。何か、心当たり、ありますか? 例えば、戦況が思わしくなかったり、だとか」


 イヴァンの性格は、つき合いの短いヒカルにも、何となく分かるものだ。自分が合っていると考えている内は、唯我独尊、てこでも意見を動かされないが、間違えていると考えれば、すぐに古い考えを覆してしまうのだ。そんなイヴァンでも、裁き人の一件は、簡単には覆し得ないだろう。


 最初は、裁き人を刺激しないよう、檻のような倉の中で、制限された情報だけを与えた。しかし、裁き人の動きが活発になったと見るやいなや、サーマンダに派遣し、裁き人の恐ろしさを教え込み、討伐を諦めさせようとする。それが失敗に終わった後は、突き放すようにして、いざヒカルが帰ってくると、手放しで出迎え、裁き人の討伐をも約束してしまった。


「討伐するにしても、優柔不断すぎませんか……?」


「確かに、僕もそう思うよ。だけど、陛下は一見、直感で動いているように見えるけれど、実際に行動するに際して、かなり慎重に検討をしている。それが素早くて、効果が劇的だから、直感頼りで果断に見えるだけさ」


 ショーンの分析は、ある意味正しいかもしれない。皇帝の元には、様々な情報が集まってくる。持っている力の規模も、責任も、ただの人間たちとは異なっているのだ。故に、行動に関しては慎重に検討を重ねるが、そのための時間を切り詰めているというのだ。


「だから、君が裁き人と戦うことの方が、そうでない時より有利で有益だと、判断したんだろうね」


「……そうですか」


 やはり、利用されたような気がしてならないが、しかし、結果的には、イヴァンの考え方が変わった。大きな前進であった。


「……うん、今日も今日とて異常なしか。僕は陛下に報告しなくちゃいけないことがあるんだけれども、君はどうする?」


 懐から取り出した小さな手帳に、何かを細かく書きつけたショーンは、それを元の場所にしまい直すと、ヒカルにそう声をかけた。


「いや、俺ももう出ますよ。……アテナの容態も安定してるみたいだし、安心しました」


「彼女に、何か報告することでも、あったんじゃないのかい」


 ヒカルが驚いて振り向くと、ショーンは、薄く微笑んだ。この参謀には、人間の心理までも、お見通しという訳である。


「実は、東方のアーレンツ辺境伯領に行く予定があって……」


「あぁ──、確かにあの人なら、色々知ってるだろうからね。そのために、ここに来たのか」


 ヒカルは頷いた。裁き人は、もう既に、そこまで迫ってきている。王都ゲレインや、ヴェイルの辺境のアルカムで、その恐ろしい力の片鱗を、嫌という程見せつけてきているのだ。裁き人と、その手先たる黒魔術師たち。彼らによって、不幸な人がこれ以上増えることは、あってはならない。


 道がないのならば、自分で切り開くのだ。


「ショーンさん。また、ここに来ますか」


「三日おきにね。僕が戦況報告に行くと、陛下は決まって思い出すみたいで……」


 苦笑いで応えたショーンは、向き直って驚いた。ヒカルの真剣な眼差しを、正面から受け止めたためである。軽口など言っている場合ではないと、彼は思い直した。


「アテナのこと、よろしくお願いします」


「…………ちょ、ちょっと待ってくれ!!」


 急いで病室を出ようとするヒカルを、ショーンは呼び止めた。言おうか迷っていたことであるが、仕方がない。


「東方の、超一流の魔術医師を、僕は知ってる。彼女は故あって流刑に処されたのだけれども、ともかく、その腕は本物なんだ……。アテナさんが起きない理由、彼女なら、分かるかもしれない」


「それって……」


「もちろん、皇帝が許すかどうかは分からない。だけど、この国でできる最大限の医療行為は、既に尽くされている。このまま病室にいても、意識が戻るかどうか……」


 ヒカルは、ベッドの少女と、黒髪の参謀とを、改めて見返した。幸い、アテナの容態は安定しており、移動させても問題はないであろうが……。


「ともかく、ドクトルに話を聞いてみないと……」

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