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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第四章・心界編
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終末への秒読み

 ヴェイルも寒かったが、ワルハラは更に寒い。着実に近づいてくる冬の足音が、ワルハラの王都、ゲレインに清澄な風として響き渡る。


「一昨日は、少し雪が降りました。えぇ、本当に少しですがね」


 御者は、そう言いながら曇天を見上げた。いつ雪が降ってもおかしくはない、押し潰すような灰色の空である。



「…………お帰り」


 イヴァンは、氷柱のような目線で、ヒカルを打ち抜く。怒っているのか、いないのか。その本心は、皇帝のみぞ知る。


「ただ今、戻りました」


 それだけ言ったヒカルは、辛抱強く、次の言葉を待つ。しかし、イヴァンも睨むように見つめてくるだけで、何も言わない。緊張の静寂、蝋燭の火の燃える音すら、聞こえてくるようである。


 その静寂に耐えかねて、最初に口を開いたのは、ヒカルであった。


「陛下、もしかして陛下は、初めから俺を、裁き人を語る黒魔術師の討伐に行かせるつもりだったんですか……?」


 イヴァンは、口を固く結んだまま、鼻からゆっくりと息を吐く。何事かを考えるような素振りをした後に、意を決したように、イヴァンは口を開く。


「君の行動は、予め読めてた。君ならやってくれるだろうという確信があったからね」


「それは、どこからどこまでが、本当ですか……?」


 イヴァンは、応えない。無言のまま、ヒカルに背を向けて、窓の方を向く。


「……もういいです。問題は、裁き人ですから」


 何かを言おうとするイヴァンの気配を察知したヒカルは、間を置かずに、次の言葉を発する。


「陛下……。裁き人の対決を、認めてくれますか……?」


「…………」


「裁き人に奪われたものを、取り返す。救えるものを、少しでも救い上げる戦いです」


 重苦しい、長い沈黙。外の雲を、この王の間にも広げたかのように、空気がのしかってくる。それでもヒカルは、直立不動の体勢でもって、待ち続ける。


「……終末への秒読みか」


「……えっ、今、何と……?」


 何でもない、という風に首を振ったイヴァンは、組んでいた指を離して、両の手を広げてみせた。


「丁度、僕も覚悟が決まったところさ。長く厳しい戦いになるだろうけれども、期待しているよ、ヒカル」


 差し出された右手は、約束の証を求めているのだろうか。ヒカルは、緩みかけた頬をすぐに引き締めて、その右手を固く握ったのであった。



「それで……、裁き人についてなんですが、サーマンダから帰還した時、陛下は俺に、陛下の知る限りのことを伝えてくれましたよね。……諦めさせるために」


 イヴァンは、重々しく頷く。彼の態度を見ていた限り、彼が嘘をついていた、つまり、情報を隠している素振りは、見受けられなかった。つまり、裁き人に関する情報は、それだけ少ないということだ。政府の続けてきた情報の規制に加え、事件の頻度は低い。あまつさえ目撃者たちは進んでそれを語ろうとはしない。そして被害者は帰ってこない。


「もっと情報が欲しいんです。誰か、裁き人に詳しい、協力的な人は、ご存知ではありませんか?」


 相手は裁き人。つまり、有史以来、人類に対して、絶対の法理のように振る舞い、崇められ、敬われ、恐れられた存在。当然、人間との関わりがない訳ではないだろう。その資料が、情報が、喉から手が出る程欲しかった。


「残念だが……、ワルハラ国内では裁き人について調べたり、議論することは禁忌とされてきたんだ。だから、失踪事件についても、被害者やその行方は調べても、誰が、どうやって、ということは、あまり調べさせないんだ。……下手に刺激すれば、失踪より酷いことが置きかねないからね」


 今までの基本的方針は、すなわち、刺激しないことである。一線を越えることを防ぐために、被害者数を書き換えたり、情報を統制しているということである。もっともそれは、ワルハラ国内における、平時の対応であり、例えばヴェイルにおいては、戦時中ということもあり、国民の士気を上げるために、討伐が計画されていた。恐らくそこには、相手がただの黒魔術師だと、刃を合わせる前から予想していた、フェルディナンドの存在が大きかったのだろうと思われた。


 ともあれ、これ以上の情報がないというのなら、もっと地道に情報を探すしかあるまい。碑文か、古文書から記述を探したり、目撃証言から特徴を推測する。これら全て、イヴァンの恐れるところの刺激行為であろうが、そもそもこうでもしないと始まらないのである。


 もう逃げはしまい、困難にも立ち向かおうと、挨拶をして退こうとした時、イヴァンは何かに思い至ったように、声を上げた。


「いた。裁き人についての知識を持った、ワルハラの人間……。協力的では、ないかもしれないけれど……」


 イヴァンは苦笑しながら、その名を告げた。ペトロ・ディ・アーレンツ、ワルハラ帝国の端にその領土を有する、アーレンツ辺境伯その人である。


「確かにペトロは優秀だよ、それに忠実だ。しかし、僕の側に置いておくには、少し力が強すぎる。そこで、アーレンツを与えて、辺境伯家を新設したんだ」


「その人が、裁き人について知ってるんですね」


「そう、だね。まぁ、お互いに距離を置いているから、間違いなくそうだとは、僕は言い切れないけれど。ただ、少なくとも、ワルハラ王宮では、調べていたね」


 ペトロ・ディ・アーレンツ、皇帝の口振りから、異端的な人物であるのだろうということは、容易に想像できる。ヒカルは、未だ会ったことのないその貴族に対し、大きな期待を寄せるのであった。


 しかし、すぐには出立しない。ヒカルにはまだ、王都でやるべきことがあった。

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