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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第三章・虚妄編
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ある一つの結末

「いやぁ、すまねぇ……。俺が、分散作戦を取っちまったから、こんなことに……」


「……嘘、ですよね?」


 シャルロッテを抱え上げ、というより、半ば引き摺るようにして帰ってきたフェルディナンドの言葉に、一行は絶句した。


「せっかく、せっかく自分の進むべき道が見えたのに……」


 ヒカルは、地面に敷かれた揃いの軍服の上に寝かされた、黒髪の少女の顔を見た。安らかに、眠っているように見えるその表情であるが、どれだけ声をかけても、手を触れても、反応がない。


 ヒカル脳裏をよぎったのは、他でもない、アテナのことである。黒魔術によって生じた瘴気に蝕まれた身体は、元に戻る保証はない。シャルロッテの深い眠りも、それに類するものなのではないか、或いは、もっと厄介なものなのではないだろうか、ヒカルはそんな予感をしては、ふるふると首を振った。


「彼女は、起きるのか……?」


 アトラスの問いに、フェルディナンドは顎に指をやり、考え込むような仕草で答えた。


「相手は裁き人だ、まず起きねぇと思った方が……」


 既に諦めたような語調のフェルディナンドは、そこまで言ってしまってから、はっと口をつぐんだ。ヒカルの鋭い視線が、胸を穿っていた。決まりの悪い思いで参謀は、辺りを見回す。そこで、カイルと目が合った。


「……裁き人、それが、貴方の最後の目的ですね。フェルディナンド殿」


 カイルは、真正面から睨みつけるような目を投げてくる。これには、正直に答えざるを得ない。


「…………そうだな、俺に下った命令は三つ。黒魔術師たちに捕らえられたコクトー卿を助け出すこと。黒魔術師を倒すこと。そして後づけで、黒魔術師の背後にいる、裁き人について情報を集めること」


 裁き人、かつてヒカルたちの前に現れた、黄金と紅の装束に身を包んだ男。彼が裁き人の一人であるということは、イヴァンから聞かされていた。


「確かに、裁き人が背後にいなくては、肩書きを偽った黒魔術師たちが、まず裁かれて然るべきですからね……。でも何故、我々にその話をしなかったのです」


「そこの拡声器が、兵士に喋ってみろよぉ。得体の知れないバケモノだ、恐怖と混乱で統制が効かなくなる。そうなりゃ、裁き人に狙われるだろ」


 フェルディナンドの顎でしゃくった先には、分かったような顔で何度も頷いているハンネスの姿があった。これには、カイルも納得せざるを得ない。


「……それで、裁き人に関する情報は。何か、掴めたのか?」


 アトラスの言葉に、フェルディナンドはゆっくりと首を縦に振った。


「俺が見たのは、全部で二人。金髪の子供と、黒髪の姉ちゃん。どうしようもなく強い魔力を放ってた」


「その、能力については……!?」


 食ってかかるような勢いのアトラスに、青年参謀は、今度は首を横に動かした。


「フアナを操って、大量殺人を行わせた。人身供儀のためだったのか、遊戯だったのか、それすら分からねぇ……。ただ……」


 一度言葉を切ったフェルディナンドは、納屋の方を振り返った。納屋の中では兵士たちが、死体の身元を調べている。もっとも、大多数の遺骸は細切れの状態で、顔の分かるものもほとんどない。


「拐われた人々を殺した黒魔術師も、シャルロッテを傷つけた黒幕の裁き人も、俺は許さねぇなぁ…………」


 誰かが、逃げるように点けた煙草の火が、東の風に孕まれて流れていくのを見ながら、フェルディナンドは長いため息をついた。



 黒魔術師四人の、ヴェイル王都、ユドゥマーレへの護送が行われたのは、決着の二日後であった。ヒカルやアトラス、兵士たちもかなりの傷を負い、さらに犠牲者の確認の作業も手間取ったためである。


 ヒカルの一太刀が、三度、人々の危機を救った。この事実に変わりはない。しかし、その度に、多くのものが失われていく。


 相手が裁き人ともなれば、払われる犠牲は桁違いであろう。ヒカルは、自分の中で一度決めた、揺らぎない覚悟を、自分で突き崩そうと、馬車の中で躍起になっていた。


「そう、自分を追い詰めるな。君は素晴らしい活躍をした。……私は以前、今のままの君では、保たないと、自分を変えろと言ったが、しかし、君の覚悟は、私の想定を超えていたよ」


 それは、励ましにもならないことであった。貫き通すべきヒカルの信念と、ガリエノの意志は両立するはずである。しかし、誰に否定されている訳でもないのに、それを疑う自分がいる。


「今のままでは、裁き人には勝てない。それは変わりません……。今のままでは、守れるものが少な過ぎる……」


 フアナの相手をすることで、ヒカルは手一杯であった。もっとヒカルが強ければ、そして、場合によってはフアナを切り殺すことも辞さない覚悟であれば、いち早くシャルロッテのところに行くことができたかもしれない。いつぞやしたような、様々な悔悟の還流が、脳内を狭しと駆け巡る。


「だが、君には、仲間がいる。君の手の届かない場所には、きっと君の仲間が、手を差し伸べてくれるはずだ」


「仲間……。だけど俺は、その仲間すら守れなくて…………」


「君だけの仲間じゃない。私にとっても、他の誰かにとっても、仲間かもしれない。何も、君一人が背負う必要はないだろう」


 俯いていたヒカルが顔を上げると、アトラスと目が合った。柔らかな微笑の奥に、鋼鉄の信念を感じる。


「君は、裁き人を倒すために、誰とでも協力するべきだ。土台、君だけで奴らの相手はできない。君一人で負えないものは、皆で背負えばいいのだ」


「皆で……、ですか…………」


 日は既に高く昇り、遍く大地を照らす。馬車の歩行は緩やか、かつ伸びやかであり、何にも遮られず、常に一定の歩調を保っている。


「皆で……、裁き人を倒す……」


 風は寒く、落葉樹の枝に、葉はもうない。季節の移りと共に、その時は、ゆっくりと近づいてきていた。

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