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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第三章・虚妄編
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悠久の統治者

 時は、少し遡る。まだ、ヒカルとフアナの戦いが決着する前のことである。



「あ〜ぁ、私のお城、壊れちゃったぁ……」


 アルカムの町の外れ、納屋のような大きな建物の中から、若い女の声が聞こえる。ランプの煌々と照らす室内、二つの影が壁の上で揺れている。


「まったく……、どうやって領域に入り込んだのか、私には分かりません……。それはそれとして、フアナはどういたしましょうか?」


「そんなの、知る訳ないじゃん。放っとけばいいんじゃない?」


 破壊された町並みも、傷を負った兵士たちも、彼女たちはどこ吹く風。他人事のように、惨憺たる光景を窓から眺める。


「まぁ、『食事』は終わりましたし……、それでいいとは思うのですが…………」


 女の内の一人、暗い雰囲気をまとった黒髪の女が、納屋の中を振り返る。そこには、外とは比べ物にならぬ程、惨たらしい景が広がっていた。



 納屋の地面を埋め尽くさんばかりに、うず高く積み上げられた物体。黒い液体を垂れ流し、悪臭を漂わせるそれが、一体何であったのか。散らばった肉片の形から、その正体は明らかであった。


「ねぇねぇ、ダフ。これってそんなに美味しいの?」


「……止めておいた方が、いいと思いますよ……?」


 布切れがまとわりついた肉片を拾い上げようとする、若い、というより幼い女に、ダフと呼ばれた人物が、躊躇いがちに返す。少女は肉片とダフという人物、両者を交互に見やりながら、諦めたように肉片を投げ捨てた。肉片は、耳障りな音と共に、同じような肉塊の積み上がった山に紛れて、それ自体がもう、どこにあるのかは分からない。


「だけど、回りくどいことするよねぇ、ベルゼさんも。いちいち私たちに頼んだりしないで、自分でやればいいのに」


「潔癖ですからねぇ、あの方は……。まさか騎士たちを養うために、こんなことをする訳には、いかないのでしょう……」



 この会話を、納屋の外から聞いていた人間がいた。作戦のために、フアナの背後に回り込もうとしていた、シャルロッテである。作戦というのはつまり、フェルディナンドが、フアナの能力を看破し、シャルロッテとヒカルで動きを封じ込め、ハンネスが打ち倒す、というものであった。


 しかし、今の彼女にとって、作戦は最早二の次。彼女は、積み上がった肉片の一点から、目が離せなかった。


 五つの盛り上がりのついた、細長い肉片。分かりやすく言えば、人間の腕である。開かれた腕の様子から、その持ち主が息絶えていることは疑いない。問題は、その腕に巻かれた、ブレスレットである。シャルロッテにとっては、見覚えのある青い石の埋め込まれた環。


 ――母親のものであった。



 考えるよりも速く、身体が勝手に動いた。真に倒すべき相手は、この二人であるのだと、そう解する前に、シャルロッテは能力を解放していた。全くの皮肉である、彼女が、森の中で諭され、皆と協力し、やっとのことで得ることができた勇気。それが、討伐軍の皆のために使われることはなく、このような形で現れるとは。


「うわわっ!? 何コレっ!?」


 投げつけられた石に反応するより先に、身体の自由を奪われた二人の女性。完全に油断していたのか、驚いて叫び声を上げる少女と、無言で立ち尽くす女。二人を睨みつけたシャルロッテは、怒り、恐れ、悲しみ、荒れ狂う感情を必死に押さえつけながら、努めて冷静に呼びかける。


「お前ら、その肉と骨の山は……、一体何なんだ……?」


「何なんだ、って……」


 喋り上戸の少女は、残酷にも、シャルロッテの問いかけに、極めて正直に答えた。


「フアナが拐ってきた人間どもだけど……?」



 涙が、自身の意思に反して流れ出てくる。立ち向かうにせよ、逃げるにせよ、泣いている暇などないはずである。しかし、止めようにも、途切れることなく湧いてくる涙は、押さえても押さえても、切りがなかった。感情の波の昂りが眼窩に達したためか、後から後から次々と流れる涙の粒の一つ一つに、いいしれない心情を宿らせて――。


「……ねぇねぇ、お姉さん?」


 少女の、場違いな明るい声が、耳を舐めるように刺激する。快くない感触に、顔を歪めながら、シャルロッテは首を上げる。


「あの手、もしかしてお姉さんの知り合いなの?」


 金色の髪を横に結んだ可憐な少女は、無垢な笑顔そのままに、思ったことを口にする。


「…………え?」


「じゃあ、持って帰っていいよ!!」


 シャルロッテは、膝から崩れ落ちた。そして、思い出したのだ。黒魔術師たちの不可思議な動き、不気味さの影に隠れて、見失っていた根本的な事実。すなわち、裁き人を語る黒魔術師が、何故裁き人によって罰せられないのか、ということである。


 今、はっきりと分かった。この二人こそが、裁き人なのだ。人の皮を被った怪物だ。そうでなければ、ここまでの認識のずれが、起きようはずもない。裁き人は、フアナたちの影に確かにいたのだ。残虐な目的のために、哀れな少女の過去を利用したのだ。


「……ない」


「え、お姉さん、何て言ったの?」


「許さないッ!! お前ら死ねッ、死んで償えッ!!」


 抜き放った銀の短剣で、まず少女の薄い胸板を掻き切らんと、猛然と襲いかかるシャルロッテ。しかし、相手は裁き人。世界の黎明から黄昏までを見続けた、悠久の統治者にして、絶対の法理、または、恐怖の権化。たった一人の矮小な人間の、感情任せの攻撃によって傷がつくようには、初めからできていない。


「うわぁ……、これだから人間は…………」


 暗い雰囲気の女が、ぼそりと愚痴のように言葉を紡いだ瞬間、シャルロッテの視界は暗転した。

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