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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第三章・虚妄編
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誰も彼もは救えない

 笑っていた、嗤っていた。一つの壁を突破したヒカルを、嘲っていた。三日月の口から、白い歯が覗く。


 決して、自暴自棄を起こしている訳でもなく、また、余裕があるという訳でもないのである。ただただ、湧き上がってくる感情を、そのままに表出させているのである。それが、この笑いであった。


「莫迦ね、何も考えずに突っ込んできて……」


 ヒカルは、その言葉の含意を、立ちどころに理解した。もとい、理解させられたというのが正しいか。鋭い一撃が、背後から振りかかり、少年は力なく倒れ込む。


(気づかなかった……、あの空気の刃が……)


 背中に走る、冷たい痛み。風や埃が傷をなぞれば、いいしれない疼きが、たちまち全身を駆け巡る。その衝撃に脳髄を支配されないよう、目を盛んに動かしては、戦況を冷静に分析する。遠巻きに見つめるフェルディナンドは、猛攻によって無力化されている。味方たちは、未だ到着していない。


「……ぅ、くそっ……、立たなきゃ……」


 そう口に出し、自らを奮い立たせようとするヒカルであるが、指先が上手く動かず、刀をしっかと握ることすら、今の彼には難しい。


 それでも尚、少年は前を向く。それを滑稽と思ったか、はたまた哀れと思ったか、フアナはゆっくりと血溜まりの中へ、足を踏み入れた。



「お前の名は、ヒカルといったか?」


「…………あぁ、そうだ」


 再び、両者の視線が交錯する。身体の力こそ失っているが、ヒカルの眼光は、少しも弱まってはいない。むしろ、戦闘の始まる前にも増して、強くなったようにも感じられる。


「どうして……」


 少女は、自分を貶めた人間、自分の家族を遠くにやってしまった人間の目を、よく覚えていた。自分を倒そうとする者、利用しようとする者、皆が皆、同じような光を目に宿していた。侮蔑か、憎悪か、兎にも角にも負の感情だけが、少女に向けられていた。


「どうしてお前は、そうまでして私を倒そうと……?」


 しかし、この少年は違う。確かに、純然なる敵意が、感情に織り交ぜられていることは事実である。ただ、それだけではない。復讐心や使命感に裏打ちされていない、絶対の何かがある。そのために死ぬも、致し方なしという何かが。


 それこそが、一種の覚悟であり、ヒカルの戦いの動機であり、紛れもない正義であった。


「…………皇帝に、認めさせるため、だった……」


「今は?」


 間髪を入れずに問いかけられたヒカルは、目線を上向けた。笑う顔と真剣な顔とを、フアナはまるで、面をすげ替えるかのように使い分けている。その表情に、ヒカルもまた、彼女の中に存在する、何某かの深遠を感じ取っていた。


「救える人がいるなら、救いたい。……それだけだ」


「そう言うなら、ヒカルとやら……」


 フアナは両の手を合わせ、不可視の刃の生成を再開する。弱まっていた嵐が強まり、周囲の建物は瞬く間に崩れ去る。脳の処理の追いつかない、凄惨な視界、混沌とした景色の中、フアナは口を開いた。


「私を救うことも、できるか……?」



 サルバドールが、かつてこんなことを言っていた。


「フアナ様、貴女はお優しい方でございます。復讐したいと願い、それを叶える能力も備わっている。だのに、それを実行することは躊躇われると……」


「どう、したらいいのですか……?」


 サルバドールは、ニッコリと笑った。細くなった目元が、そう感じさせただけかもしれないが。彼は雑嚢から、一つの金属の面を取り出して言った。


「これは、処刑人の着ける面でございます。とは言ったものの、特に何らの魔力も込められていない、ただの面でございます」


 何らの魔力も込められていない、その言葉に嘘はないだろう。しかし、黒い地金に点々とついた赤黒い錆は、紛れもなくその面が、幾多もの死を目撃してきたことの証左である。


「この面を、私に着けろと言うの……?」


 サルバドールは、軽く頷く。


「その面は、処刑人のもの。これを着けた者は、正義の理の下に人の首を落とす、処刑人となるのです」


 暗示のような呼びかけは、親を失ったばかりの少女の洞の胸に、何らの抵抗もなく受け入れられた。そうしてフアナはすぐに、最初の“裁き”へと、向かって行ったのである。



 その面が、剥ぎ取られたかのような感覚。よもや、これ程までに混じり気のない動機でもって、向かってきた者がいただろうか。もちろんフアナは、ヒカルが刀の握りを変えていたことも、全て気づいていた。今までに相手にしていた人間とは、明らかに異なった少年の存在に、フアナは戦いの意味を見失いかけていた。


 そして、試した。傷を負っても尚、進み続ける力があるのか。仮面の呪縛から解き放つ力が、少年にあるのかどうか。


 結果は、火を見るより明らかであった。



「……ガリエノさんの、代わり……? ガリエノさんの役目の本質は、誰かを切り殺すことじゃない……」


 刀を杖として、覚束ない足を進めんとするヒカル。その様子を見、身構えるフアナに、少年は正対する。


「切る勇気と、進む勇気を履き違えてた……。俺は、ガリエノさんのしてきたように、救うために戦う……!!」


「…………!!」


 声を上げると、身体が沸き立つように熱くなり、血が強く流れるのが分かる。しかし、それを止めることなど、最早誰にもできないのだ。


「誰も殺さない……。俺は、誰も彼も皆、救い上げてみせるッ!!」

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