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終末のアラカルト  作者: 大地凛
序章・黎明編
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翠緑色の瞳

 深い翠緑色(エメラルド)の瞳が、ヒカルを貫き、昆虫標本のように空間に釘づけにする。頭一つ分弱小さい背の少女、その存在感に圧倒される。


 肩口に流れる青い髪を耳にかけながら、アテナと名づけられた少女はつぶさにヒカルを観察する。白く長い指を顎にあて、眉間に小さく皺を寄せて黙考する表情……。


「この人も能力者……。えぇと、名前は……」


「ヒカル……、です。貴女が、アテナさんですか」


 そう、おずおずと聞くヒカルの様子が面白かったのか、アテナの頬が緩む。手を口にやり、鈴を転がすような笑い声を上げる。何故、彼女は笑ったのか。ヒカルが疑問を口にする前に、彼女の方から答えを言った。


「あっはは、……ごめんなさい、だってすごい緊張してるみたいなんだもん」


 確かに、ポケットの中の手のひらには汗が滲んでいたし、舌も上手く回っていなかった。完全に緊張状態にあった。だのに、不思議なことに彼女の笑みを見る内に、自然と気持の張りも和らぎ、余裕ができてきた。


 改めて見ると、整った顔立ちをしている。爪も割れておらず、目もぱっちりと開かれて、光が射している。それに、睫毛が長かった……。


 ヒカル自身はまったく気づいていなかったが、ヒカルの心に今まで抱いたことのない感情が芽生えた。それは、友情でも愛でも、好奇心でもなく。――俗にいうところの一目惚れであった。そんな感情を抱かせる彼女に対して、ヒカルは何故か、何の照らいもなく笑い返すことができたのであった。


 さて、アテナの立場というのは、とても不安定である。形式上、半年前に起きた事件によって孤児となった彼女は、国策によって王宮に招聘されたものの、その途中、何某かの事故によって記憶を失った、ということになっているのだ。そのために、彼女の過去を探ろうとすると、須らく齟齬が生じる。現に、二人で事件のことを話していても、アテナの言葉は要領を得ない。


 そのため、皇帝たるイヴァンやカスパーは、ヒカルに二つのことを期待していた。すなわち、互いに能力者の資格を持ちながら、それが開花していない二人がともに行動し、刺激を与え合って覚醒を促すこと。そして、もしアテナの素性を怪しむ人物がいたとしたらば、その疑いをすぐに晴らすこと。である。


 そんなことを考えながらアテナと話す内に、教会の鐘の音が遠くから聞こえてきた。日の角度から見るに、終業の時刻の鐘であろう。外からは、仕事を終えた人々の、明るい声が聞こえる。


「失礼、もうこの倉も戸締まりをしなくてはなりません。アテナ様は、家までお送りしましょう。ヒカル様は……」


「そういえば、俺の家って」


 カスパーは手帳をめくり、頭を押さえた。小声でぼそぼそと一人ごちているが、耳を澄ますと、どうやら迎賓館に空きがないらしい。恐らくその戦争の準備のため、同盟国から使者や軍人が訪れているためであろう。


「苦肉の策ではございますが、ヨハネス卿の家が城下にあります。そこに泊まれるよう手配いたしますので、少々お待ちを……」


 そう言って、カスパーはアテナを伴って、倉を後にしてしまった。



 一人残されたヒカルは、倉の中を改めて見回した。日が伸びてきたとはいえ、この時間になると、採光用の窓が天井に一つしかない倉は、かなり薄暗い。ランプに火を点けなければ、と燐寸(マッチ)を探し回っていると、いきなり明かりが灯った。


「うわっ、びっくりしたっ」


 思わず声が出て、後退りする。背中を壁にぶつけたと思ったら、紙の雪崩に襲われた。そういえば、倉には事件の資料があると言っていたが、その資料の束がヒカルに牙を剥いたのだ。


「…………一体何をしているのだ」


 戸口の方から、呆れたような声音が聞こえた。紙をかき分けて見ると、カスパーから連絡を受けたであろう人物、ヨハンが立っていた。白髪の青年は、資料を踏まないように注意しながら、ヒカルの側までやってきた。


「みっともなく喚くな、幽霊でも出たのかと思ったのだが」


 ヒカルは赤面した。勝手にランプが点くという些細なことで、倉の外にまで漏れ聞こえるような叫びを上げていたのか。


「いや、ランプがいきなり光ってびっくりして……」


 ヨハンは、煌煌と燈る明かりを一瞥して、納得したように頷いた。


「あれは、夜になると反応する鉱石が仕組まれているのだ。まぁ、初めて見たのだから驚くのも無理はないか」


 ため息混じりにそう返され、ヒカルは少しムッとした。しかし、泊めてもらう家の主に対して失礼な態度をとるのもどうかと思われたので、何も言わなかったのだが。


「さぁ、資料を片づけて、さっさと家に帰るぞ」


 膝に手を置き、億劫そうに立ち上がったヨハンは、トントンと一面に広がった紙に触れていく。触れていくたけで、拾い上げたり、整理しようとしないので、ヒカルは、手伝ってほしいと怒りを覚えるというより、彼が何をしているのかが気になった。


 次の瞬間、ヒカルの周囲に散乱していた紙が舞い上がった。まるで桜の花弁が風に吹かれるように、そして紙はそのまま、つむじ風の中心にいたヨハンの腕に収まった。彼は何事もなかったかのように、資料の角を揃えて書架の上に戻していく。


「今のって……」


 呆気にとられるヒカルに、ヨハンは崩れた前髪を直しながら言った。


「これが、私の能力。触れた紙を操ることができる能力だ」


 所詮、仕事で使う紙の整理位にしか使ったことがないのだが。と彼はつけ加えた。

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