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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第三章・虚妄編
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嵐の前の堂々巡り

 悲しみからくる怒りを軸として、荒れ狂う嵐を、思い詰めた表情で眺める人間がいる。町の外れの木の上、痩せた薄い身体に、こけた頬の顔が乗る。しかしてその眼光は、かなり鋭い。それは、獲物を見つけた、飢えた肉食獣か、はたまた親の仇を見つけた人の子か――。



「作戦は順調。後は、敵の大将を倒すだけだ……」


 アトラスが、重々しく呟くと、周りの人々も同じように、暗い雰囲気をまとったままに頷く。彼は一言でそう言ったが、現実はそのように簡単にはいくまい、誰もが分かっていた。


 魔術に精通していようが、していまいが、恐ろしい気配が、轟音と共に迫ってきていることは、否応なしに気づく。無差別の危害の氷雨に対して、彼らは傘を持たない。


「ンなこと言ったってよォ、あれだって魔法か能力だろ? 俺様が一人で行きゃ解決だろうがよォ!!」


「絶えず全方位に攻撃している女ですよ、一対一の状況にはなり得ません」


「俺が突っ込んで燃やせっかなぁ?」


「厳しいでしょうね。何か対策を立てられたら、太刀打ちできるはずないですから……」


 有効な作戦は思い浮かばないが、その間にも時間は、刻一刻と過ぎていく。誰も答えに辿り着けぬまま、座して死を待つのみかと、アトラスは歯噛みした。


「最悪、俺たちで突撃したら、相打ち位にはなるっすかね……」


「可能性はありますが、失敗した時の跳ね返りが怖いですね」


「カイル、オメェさっきから頭ごなしにダメ出ししやがって。じゃあ何か上手い作戦あんのかよ!?」


「止めないか、サザーランド!!」


 ハンネスの怒りも、分からないことはない。限られた時間の中、堂々巡りの議論を続けることは、あまりに無駄が多いのである。


 誰もが行き詰まりを感じていた時、彼らの陣を、ある人物が訪れた。



「んっ、誰だ!?」


 初めにその存在に気がついたのは、屈強な男、アトラスであった。迫る脅威を前に、神経を尖らせていた彼は、周囲の気配に敏感になっていたのだ。彼が、魔力を感じた方に視線を走らせると、伸びっぱなしの髪をだらりと垂らした、痩せた姿の人物が、柳のように立っていた。力なく立っているように見えて、その身体には魔力がみなぎっている。


 その容姿、魔力組成、輝石。その場にいた者たちの内、数人は、闖入者に見覚えがあった。


「……お前、無事だったのか……!!」


 フェルディナンドの上げた喫緊の声に、その人物は前髪を掻き上げて、薄く微笑んだ。


「当たり前だろ、エル。俺はそう簡単に死ぬ玉じゃないって」


 その人物こそ、自身の無力感に苛まれ、一時は戦線を離脱していた少女、シャルロッテであった。


「それで……、俺にできることはあるか?」


「あぁ、あぁ……、もちろんだ!! 上手くいけば、犠牲者をかなり減らすことができる……」


 欠けていた穴が埋まった、というのは、些か買い被っているように思えるが、しかし、千丈の堤は蟻穴より崩れるというのは、この世の道理である。たとえ、その塞いだ穴が小さくとも、結果は大きく変わる。その証拠こそないが、彼女との再会は、何か確信めいた希望を抱かせるに足る、不思議なものであった。



「あぁ……、まったくあの女、派手にやってくれる……」


 猛威を振るう竜巻が辺り構わずに、理不尽な力を振るう。法則性のある自然の風とは異なり、自我を持つそれは、まともにやり合うには厄介であろうと、飛龍に乗った男は、遠巻きに見つめていた。


「よろしいのですか。我々の目的のため、奴らを利用する計画は……」


 傍らの偉丈夫は、そう言葉を紡いでから、すぐに後悔の念を覚えた。飛龍を操る、暗い目をした男は、吐き捨てるような語調で返す。


「道具のために、何故私が労力を割かねばならんのだ。……あれ程の攻撃で壊滅するとは、利用価値もないに等しいな」


 赤銅の飛龍も、人語を解さない獣なりに、恐怖心を感じたのだろう。一瞬、羽ばたきが強張ったのを、偉丈夫は見ていた。


「しかし……、黎明の書が絡むとなると、話は別だ。急拵えの作戦とはいえ、それだけの跳ね返りがあるとするならば……」


「……では、サルバドールを助けるおつもりですか」


 男は笑った。嘲笑に近い、侮蔑の念が色濃く感じられる笑いである。


「いや、奴の態度から、ヴェイル王宮に保管されていることは分かった、今更助ける義理もない」


 ここで見るべきものは、もう何もないとでもいいたげな様子で、男は手綱を手に取る。目指すは東、ヴェイル王国の王都、ユドゥマーレである。


「レギウス、お前は一暴れしておいてくれ。黎明の書は、私一人で十分だ……」



「あな、おこがましや。なむぢ、かの書得易しとぞ思ひけるにや」


 突如として、背後からかけられた声。耳慣れない、古めかしい言い回しである。だが、それ以前に、高速で飛行する飛龍の上に突如現れた人物、ただ者ではない。


(いや、この黒服……。奴らの仲間か!?)


 偉丈夫、レギウスは、サーマンダ公国での苦い経験を、まざまざと思い出していた。そこで、レギウスと互角に切り結んだ、飄々とした剣客。彼も、そして今、目の前にいる男も、同じ服に身を包んでいる。


「ここは危険です、振り落として逃げましょう……」


「……逃ぐべうもあらじ」


 言うが早いか、黒服の、精悍な顔つきの男は、提げた刀を抜くと、躊躇なく飛龍に突き立てた。叫び声を上げて落ちる飛龍の上、黒服の剣士と黒魔術師が対峙する。


「なるほど……、それならば仕方あるまい。……戦うより他ないな」

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