血肉の過去に彩られしパレード
「どいつも、こいつも……ッ!!」
丘陵から、戦況を注視していたフアナは、自身の味方の、あまりの不甲斐なさに、歯を食いしばった。この怒り、感情の波を発散できるものは、彼女の周りにはない。
本来ならば、彼女はこの時点で、目的を、すなわち、ヴェイル王国を蹂躙し、住民を戮することを達成していたのだ。ならば、仲間のことなど気にかけず、逃げてしまえばよいだけのこと。それにも関わらず、彼女は足を前に進めた。
捕らわれの仲間を救おうなどという気持は、一切ない。ただ、自分が負けて、すごすごと逃げることに、納得できなかった、それだけである。
(一人ずつ、一人残さず……、首を刎ねてやる……。私は、フアナは……、そうして生きていくしか……)
思い返せば、まだほんの数年前のことであった。この少女の心の中の清らかな大地に、悪虐の種が持ち込まれたのは。彼女はそれを、昨日のことのように思い出すことはできる。ただし、進んで思い出そうとは、まさか、しないであろう。自分が狂気に走っている自覚はあり、それに身を委ねているのも事実である。だが、それを加速させる手段としての過去というのは、彼女にとって、塞がらない傷口のようなものであった。絶えず命を垂れ流し、興奮状態を保っているのであった。
まだ彼女が、純真な少女として、家族と共に暮らしていた頃。その頃は、庭師の父も調理士の母も、ヴェイル王国の、ある貴族の屋敷に仕えていた。家族三人の、慎ましくも幸せな家庭。そんな日々は、砂上の楼閣のような、一夜の夢のようなものであった。
突如起きた、領主の毒殺。昼食からは毒が見つかり、フアナの母を初め、料理人は全て捕まった。そして、毒の小瓶は庭木の間から見つかり、関係を疑われた父たちも捕らえられた。そうしてざっと十数人が、僅かな調査の末に、断頭台に送られた。
少女フアナが、下手人の係累として迫害されたのは、いうまでもない。辛く苦しい流浪の日々に、かつての喜びを見出そうとするいくつかの試みは、いずれも意味をなさなかった。そこで彼女はやむなく、その時のことを必死に、忘れようと努めたのであるが、しかし、悲しいかな。抑圧すればする程に、その憤怒と悩乱はますます膨れ上がってくる。
そうして、心身共にやつれ切った彼女を拾い上げたのが、サルバドールであったのだ。
「可哀想な子供です。罠にかけられた両親を、救い出すこと叶わず、遺骸を取り返すことすらできない……。理不尽を背負うより他ない、本当に、本当に可哀想な……」
突如、自身の目の前に現れた異形の者、フアナは驚いた。もちろん、その姿にではない。彼のもたらした情報についてである。
「……罠に、かけられた……? ど、どういうこと、ですか……!?」
「あぁ……、それすらも、ご存知ありませんか……」
サルバドールは朗々と、事件の裏の陰謀を語り始めた。首謀者は、事件の後にその貴族家を継いだ、死んだ当主の従兄弟筋にあたる人物であり、フアナの両親たちを犯人に仕立て上げたのだという。フアナは、その突拍子もない話に、半信半疑の心境であった。しかし、このサルバドールは、事件以来、彼女が初めて出会った、味方であったのだ。両親の無実を信じる彼女にとっては、彼は自然と、拠りどころとなる存在となっていった。
そうして、彼女の心に持ち込まれた種に、丁寧に水を与えたサルバドールは、仕上げとして、花を咲かせるために、彼女にそっと告げた。
「この世は間違っています。しかし、貴女はその間違いの歪みを、今まで一身に負い続けてきました。今こそ、間違いの元となる者たちを、逆しまに断頭台に送るべき時でございます……」
狡猾な薔薇頭にとってこの計画は、半分成功、半分失敗であった。強大な輝石の力は、完全に解放され、少女フアナは、世界の法理に牙を剥き、自己法則に狂う審判となった。しかし、その狂悖は、土台サルバドールに制御できるものではなくなっていたのである。
今や彼女は、ただただ狂気の念に捕らわれては、目に映る者の全てを憎み、破滅へと導く存在と成り果てた。仲間は、ある意味では枷でしかなかった。それを取り去ってしまえば、彼女を止めるものは、何一つない。
(まず、ここにいる千人を殺す。次に、ヴェイルを逆回りに回って、住民を鏖す。次に……)
能力は、既に開き切っていた。辺り構わずに、不可視の刃を振るっては、建物を破壊し、木立を切り刻む。それはさながら、旋風のようであった。
(いらない、いらないいらないいらないッ!! 私だけ、私だけが正しいんだ!! 私以外は、皆、敵だ!! もし味方がいたなら、本当に味方がいたなら……、私を、私の家族を……、助けてくれたはずなのに……ッ!!)
瓦礫が四散する轟音、先行した兵士たちの阿鼻叫喚。その音に掻き消される、少女の号哭。その恐怖の景に怯えた者には、彼女の胸中の青色を見通せるはずもない。大音声の行進は、血と肉に彩られながら、徐々に、ワルハラ=ヴェイル連合軍の本隊の方へと、近づいてきていた。