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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第三章・虚妄編
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三日月を越えて

「さぁ、行くっすよ!!」


「……はい!!」


 鞘から引き出された刀は、少年が、毎日の手入を欠かさないために、僅かな光を受けるのみながら、全体が輝くような、実直な機能美を湛えている。


「卑怯な……!!」


「黙れ。無辜の人々を連れ去ったお前たちが、何を卑怯などと……」


 アトラスの剣撃に、ヒカル、ジャックスが加わる。三人に対応するために、何本も新しい刃を作り出しては、ぶつけていくべコニーであるが、如何せん、その量が多いためであろう、太刀筋には、単調さが目立つようになる。その甘さを見逃す程、剣士たちは優しくはない。


(この子供……、確かラーニャが仕留め損なった奴……。人が切れないって言ってたはずなのに……)


 少年の動きは、並の兵士や騎士団員と比べても遜色ない、というより、それらを上回る程に確固たる技術を、持ち合わせている。アトラスが、型通りの重い一撃、ジャックスが、隙を突くような鋭い一撃であるとするならば、ヒカルは、一心不乱に打ち込んで、隙を作り出す、荒削りなものであった。見方によっては、一番攻撃的であるかもしれない。


 しかし、実際はむしろ逆であって、ヒカルの剣撃は、べコニーを守る無数の刃を退ける働きを担っているために、べコニー自身への攻撃からは、最も遠いところにいるのである。


 そして、黒魔術師として、幾多の戦いを自らの能力でもって切り抜けてきたべコニーは、そのことを、直感的に理解したのである。


(こいつは、私を切れない。たとえ峰打ちされそうになっても、身体の表面に、『烟月』を発動させれば、防ぐこともできる……。実質一対二ね……)


 べコニーは、ヒカルから視線を逸らし、次の攻撃の機をうかがう、アトラスとジャックスに目を向けた。二人は、ヒカルの剣撃の意味を知ってか知らずか、ただひたすらに、自分の戦闘法に忠実に、攻撃をしかけてくる。それを防ぐことが、べコニーの勝利につながる。彼ら三人を倒してしまえば、残った兵士など、彼女にとっては烏合の衆に過ぎないのである。


(問題は、どうやってこの三人を片づけるか……)


 思考の余裕は、中々生まれない。押され気味のべコニーは悔しげに、三人の剣士を睨む。しかしながら、彼ら三人の中にもまた、べコニーに対し、絶え間なく攻撃を続けているのにも関わらず、押し切れないということの焦りが生まれていたのである。


「くそっ、どんだけ守りが堅いんすか!!」


「これだけ攻撃して、一太刀も食らわぬか……」


 肩で息をするアトラスは、じくじくと痛む足の傷を忘れようと努めているのだが、打ち込み、そして逃げる度に、身体が悲鳴を上げて、痛みを起こしてしまう。もちろん、アトラスだけではない。ジャックスもヒカルも、果敢な攻撃によって、手傷をいくつも負っていた。


 今まで防戦一方であったのにも関わらず、突然、攻撃に転じたのだ。主導権を取り返したものの、その分、消耗が激しい。


(でも、確実に俺たちは押してる……。こうやって我武者羅に、べコニーの装甲を剥いでいけば、いつかは……)


 襲いくる、鋭利な三日月を、最小限の刀の振りだけで弾き飛ばす。その動作さえ、辛く、苦しい。黒魔術師の放つ、独特の悪性のマナの影響か、戦いによる疲れ以上の痛苦に、ヒカルの心身は消耗し切っていた。


 それでも、止まる訳にはいかない。いけないのだ。


「ここでどうにかするんだ……、ガリエノさんなら、きっと……。俺、行きます!!」


 何かを決意したような、ヒカルの声音が、辺りに響く。腹の底から叫ばれた大音声に、アトラスも、ジャックスも、もちろんべコニーも振り向いた。


 刀を構え直し、べコニーに狙いを定めたヒカルは、猛然と突撃を開始する。自らを奮い立たせるために、食いしばった歯の隙間から、息を吐き続けながら。怯えを振り払い、突進する。行方に立ち塞がる刃は、ほんの僅かだ。


「よし、ヒカル君を援護するぞ」


「よっしゃ、一発で決めるっす!!」


 そのヒカルの動きに、アトラスとジャックスが呼応する。二人もまた、鷲のように飛びかかってくる刃を、時に躱し、時に弾き返しながら、徐々にべコニーとの距離を詰めていく。傷を負うのもやむを得ぬ、玉砕覚悟の突撃。一歩間違えれば、全滅の危機であろうに。


(落ち着け、落ち着け私……。あいつは、私を切れない……、きっとハッタリよ……。なら本命は、こっちの二人!!)


 べコニーが右腕を振るうと、いくつもの刃が地面から出現し、まるで蛇のようにくねりながら、波として、アトラスとジャックスに襲いかかる。


「まずい、狙いは足か!?」


 這うような動きの刃は、剣士の機動力を奪わんと、迫ってくる。しかしそれらをよけるために引き返せば、空中の刃の餌食となりかねない。


「俺たちは、ぜっ、前進あるのみっす!! ヒカルが決めてくれるっすよ!!」


 猪突猛進に突き進む二人に気を取られ、べコニーは自分の背後に、突如として凄まじい意識を、例えるならば、殺意に似たような激情を感じ取った。振り返るまでもない、あの少年が発する気配である。それは、壮年の軍人とも、若き騎士団員とも比べ物にならない位の、激しい感情のうねり。怒りか、悲しみか、その対象は、黒魔術師なのか、彼自身なのか、それすら分からぬ程に、巨大な感情の塊。それが、人の形を取って、刀を振りかぶる。


(何故っ!? 奴はどうしても人間を切れない、サーマンダでの戦いで、そう証明されたって、言ってたじゃない!!)


 べコニーは、狼狽しながら、二重、三重に刃を出現させる。しかし、真に覚悟を決めた、正義を貫き、自らの使命を全うせんとする少年を止めるためには、彼女の刃は些か脆すぎた。



 そうして、ヒカルは刀を収めた。断ち切られた草の一株が、再び地につく間の、一瞬の出来事であった。

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