表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末のアラカルト  作者: 大地凛
第三章・虚妄編
153/231

代替の守護者

「何で、俺を……」


 ヒカルは、訳が分からない。自分に対する過度な期待は、その論拠がないように思えたからだ。王都の戦いで活躍できたのは、相手が人間ではなく、死霊であったからだ。それをはっきりと、悪として、断じることができたからだ。しかし、無辜の住民たちに大きな被害を出し、ガリエノを昏睡状態に追い込んだという結果は、ヒカルにとって、辛い結果であった。


 そして、サーマンダの一件を通し、ヒカルは自分の無力さを痛感した。アレキサンドラは、黎明の書と共に、歴史の書物の頁に消えた。ヒカルの行動如何で、変えられたかも分からぬ程に、確固たる壮絶な運命を前にして、少年は、自らの能力に蓋をし、理想を敢えて掲げて、限界を作ってしまった。


 これらも、少年が後づけでつくった、それらしい理屈である。並の言葉では動かないことは、言葉を交わしていたアトラスは、百も承知であった。


 だからこそ、ジャックスを走らせたのだ。事ここに至って、方法は、それしかない。



「さ、行くっすよ」


「行くって……、俺はまだ、人を切る決心なんて……」


 ヒカルの言葉に、ジャックスは落胆の色を隠さない。そしてその色は、他の人々のヒカルに向けるそれより、一層濃いものであった。


「何で……、何で皆、俺を戦わせたがるんですか? 皇帝の、差金ですか?」


 ヒカルは実のところ、密かにイヴァン帝の動向が、気にかかっていたのだ。あれだけ突き放す態度をとったのだから、当然といえば当然かもしれないが、ヴェイルに入国して以来、全く彼からの干渉がない。これは、黙認してくれているのか、それとも、ヒカルの能力の開花を促すために、状況を利用しているのか。


 何れにしても、仮にイヴァンがヒカルを連れ戻そうとしたり、裁き人なる存在を刺激しないようにしたいのであれば、必ず干渉してくるはずである。それに、ヒカル自身が気づかない訳がないのである。


 ともすれば、この自由な状況自体に、皇帝の意思が働いていると考えた方が自然であろう。ただし、戦闘に関わろうという時機ともなれば、話は別だ。


 すなわちジャックスは、皇帝によって派遣軍に編入され、ヒカルに働きかけようとしている。ヒカルの頭の中では、そのような読みが、完成していたのだ。


 しかし、その言葉にジャックスは、曖昧な表情でもって応えた。


「いや、アトラスさんたちの……、というより、俺自身の願いっすね……」


「ジャックスさんの……」


 ヒカルの声は、ジャックスと同じように、少し震えていた。


「ヒカル君は、筋がいい。きっと、ガリエノと同じ位、強くなれるはずっす……」


「…………、それは……」


 ジャックスの特徴である、にこやかな顔面が、厳しさを増す。この騎士団員は、ヒカルという優柔不断な少年剣士の、背負っているものの重さを、切に訴えているのだ。


「ヒカル君にしかできないこと、それは、ガリエノができなくなった分、戦うことっす……」


 彼が、少年を許しているはずなどなかった。結果論として、被害は最小限であった。納得のいかないのは、その最低限の被害者に、自らの相棒が、半身が、含まれていることであった。責めることはできまい。しかし、責めずにいられない。葛藤の末に、ジャックスは、それを口に出した。


 口に出して、その言葉の重みに耐え切れず、決壊する。


「こんな時ッ……、ガリエノなら、真っ先に、駆けつけるっす……。騎士団は、皆を助けるのがッ、仕事っすからぁ…………」


「ガリエノさんの、代わりに……」


 呟くヒカルの肩から、ジャックスの腕が零れ落ちる。そこに次に手を置いたのは、カイルであった。


「そうです、黒魔術師を倒すのは、貴方でなくてもいいかもしれません。しかし……、貴方には、戦う理由が、あるじゃありませんか。立派に、剣を振るう理由が。胸を張って、悪を裁く理由が……」


 それらの言葉は、ヒカルの心に、深く染み込んでいく。背負うべきものには、既に、その因果が内包されていたのであった。



「構えっ、撃てぇッ!!」


 号令と、乾いた音が、交互に響く。ある一定の間合を保ちつつ、アトラスを挟んで兵士たちは、黒魔術師、べコニーと正対している。


 これ以上近づけば、べコニーの繰り出す刃によって、切り刻まれてしまうのだ。彼女の能力、『烟月』は、霞のために、その形の朧げになった月のように、様々な形に変形する刃を操るものである。銃弾は、満月のような形に変じた刃によって、全て弾き返されてしまう。


「くそっ、打つ手なしか……」


「閣下、我々はどうすれば……!!」


 アトラスは、必死に防御魔法を行使しつつ、べコニーに一撃を食らわせようと立ち回る。しかし、強大な黒魔術を前に、押され気味である。ここでアトラスが倒れれば、残された訓練の浅い兵士たちでは、ひとたまりもあるまい。


(数的不利を覆す実力……、突破するには、更なる実力を有する人間の力を使うより他ない!!)


 アトラスは信じていた。ジャックスならば、きっとヒカルを奮い立たせてくれる。恐ろしい現実を真正面から受け止め、自分の力を理解させて、より良い結果を導くことができるだろう。


「あぁあ、可哀想に。指揮官さん、このままだと時間の問題かしら?」


「……そうとも、限らぬ」


 その時、強大な魔力の気配が、アトラスに届いた。べコニーももちろん気づいたであろうその気配は、兵士たちの間を縫って、徐々に戦闘する二人に近づいてくる。


「くっ、現れたわね……」


 そうして、兵士たちの一群れの前に姿を現した、二人の人影に、べコニーは憎々しげに呟いた。烏合の衆とは一線を画した、武人の威圧は、敵にとっては脅威、味方にとっては安心を覚えるさせるのである。



「俺はヒカル。……皆を守るため、お前に挑む!!」


 その堂々とした声に、迷いはない。ジャックスは、その態度に、ガリエノの片鱗を見たように思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ