戦い方は多種多様
「行けぇっ!! 黒魔術師の一人がいた以上、奴らはこのアルカムの、どこかに潜伏しているはずだ!!」
アトラスが目をつけたのは、町の西部の丘陵地。廃教会の鐘楼がそびえ立ち、見通しのきく場所だ。真っ直ぐそこに向かおうにも、町は荒れ果てており、崩れた石垣が道を塞ぎ、枯れた水路が落とし穴のように広がっている。迂闊に動き回れば、黒魔術師の奇襲を受けかねない。故に、外堀を埋めるところから、始めるべきである。
「うんうん、俺もアトラス氏に同意だなぁ。そんじゃ、俺は南に行くから、そっちは北側お願いね」
「むぅ……、承知致した」
こうして、隊は二つに分かれた。しかし、その後すぐに、彼らは壁にぶつかってしまったのである。
隊の先頭を歩いていた兵士たちの悲鳴が、血の臭いと共に運ばれてくる。自分たちがいるのは、まだ、アルカムの外郭部のはずだと、アトラスは緊張と動転を胸中にひた隠し、前方を見据えた。彼らの前に、禍々しい気配を放つ、若い女が現れた。その雰囲気から、彼女が黒魔術師であることは、疑いない。恐らく、べコニーなる人物であろう。
「戦闘だ、銃を構えろ!! 剣を抜けぇ!!」
アトラスの号令がかかるや否や、兵士たちは素早い動作で、べコニーに照準を合わせる。大量の銃口を目の前にして、女に何ら、恐れるような素振りは見られない。
「撃てーっ!!」
魔銃の独特の発砲音と共に、マナを含んだ温い風が吹く。本来ならば、何らの武器も防具も携帯しない彼女は、蜂の巣になっているはずだ。しかし。
訪れたのは、予想しなかった結果。べコニーが手を振ると、彼女の足元の地面から、刃のようなものが生い出てきた。刃はすぐに円形をとり、銃弾をそのままに跳ね返した。
呆気に取られる兵士たち。呆然として動けない彼らは、黒魔術師の格好の的であった。円形の刃は、すぐに反りを持った刀のような形に変じると、彼女の手の振りに合わせて、踊るかのように兵士たちに迫る。
まばたきの間に、先頭を歩いていた人間たちは、既に物言わぬ骸と成り果てていた。その惨たらしい景を横目に、アトラスは憎々しげな目で、彼女の投じる刃を観察した。
「金のマナではない……、それにあの変形、能力か……?」
「……御名答!!」
不規則な軌道を描く刃が、無作為に切りかかっては、奥へ奥へと突き進む。能力とは、すなわち魔法の一種であるからして、防御魔法で防ぐことは可能であるのだが、刃の動きは、兵士たちが魔法を行使するより、遥かに速い。仮に盾を展開できたとしても、それを縫うように刃の攻撃を受けてしまう。
「お前たち、下がれ!! 体勢を立て直すのだ!!」
アトラスの声は、恐慌状態の兵士たちの間に、ゆっくりと広がっていく。混乱の中では、迅速な命令の伝達などできる訳もない。
(やむを得ぬ……)
逃げ腰の部下たちを押し退けるように、アトラスは女の元へ、馬の足を進める。その並外れた魔力に、彼女も気づいたようであった。
「貴方が指揮官ね。……残念だけど、消えて貰うわね?」
挑発的なべコニーの言葉。それに応えるかのように、今まで縦横無尽に、闇雲に動き回っていた無数の刃が、突如、アトラス目がけて飛来する。陰険な肉食獣の狩りのように、螺旋状に渦巻いては、アトラスを逃さぬよう、その径を狭めていく。
「閣下、お逃げを!!」
「いいから、お前たちは下がれ!!」
彼らが振り返ってはいけない、これは時間稼ぎなのだ。アトラスのために立ち止まってしまえば、彼が留まる意味がなくなってしまう。
「『守衛せよ=極大』ッ!!」
烏のように寄せる刃が、壮年の丈夫を引き裂かんとする、その直前、水色の壁が出現し、彼の身体を隈なく覆った。刃は、その壁に勢いよく突き刺さったかと思うと、すぐにマナの塵となって、消えてしまった。
裏を掻こうとするのならば、裏まで守ってしまえばいい。裏手を攻めようとする相手に対し、アトラスは、実直な門そのものであった。
「や、やるじゃない……、私の刃を受け止めるなんて。でも、まだ実力の半分、いや、三分の一しか出してないし?」
「虚栄か……。しかし、それが真であろうと、防ぐのみ……」
一切の動揺を完璧に隠し通し、べコニーの挑発を受け止めるアトラス。その迫力にべコニーも、攻撃するのを躊躇した。
一方、町の反対では、躊躇ない攻撃が続けられていた。蜘蛛糸の能力者、ラーニャと、フェルディナンドのヴェイル軍の戦闘である。
糸による攻撃で、首を刎ねられた者、腕を損なった者は数知れず、阿鼻叫喚の地獄絵図を前にして、ラーニャは喜色満面といった表情だ。
「ふふっ、はははっ!! ねぇ、見えてるぅ? フェルディナンドさぁん!!」
「あぁ、見えてるぜぇ……」
フェルディナンドは、殺戮されていく自軍の兵士たちを、ただただ見ていることしかできない。本来なら、彼が死ぬことで、相手を窮地に陥れることができるはずであった。それを考慮して、作戦を立てたフェルディナンドに、自害すら許されないというのは、予想外であった。
「一度、私の分身を倒した位で、いい気になって……。莫迦ですねぇ、悔しいですか?」
「……悔しいねぇ。俺とコイツらの命の重さ、比べもんになんねぇからなぁ」
フェルディナンドは、ラーニャの間合に入った瞬間、糸の束によって磔にされた。舌を噛み千切ろうにも、頭は固定され、ラーニャが頷かない限りは、口を動かすこともできず。味方に介錯を願っても、刃はおろか、矢も銃弾も、フェルディナンドを取り囲む糸に防がれる。攻撃されないことで不利になるとは、なんたる皮肉か。
「雪辱を果たす時がきた……。見ていなさい、お前のために、全員、殺してあげるから……!!」
二人の視線が交錯する。数日前とは、全く逆転した力関係に、フェルディナンドは久々に、感情が高ぶるのを感じていた。