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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第三章・虚妄編
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血祭りの幕開け

「大変です、フアナ様!! 敵が、終にここまで!!」


 部下のべコニーが、切迫した状況の来襲を告げる。しかし、彼女たちの頭目であるフアナは、涼しい顔だ。


「無秩序に逃げ回る奴らならまだしも、敵兵は同じ方向に向かってくるのでしょう? サルバドール一人で十分……」


「でも奴ら、サルバドールのいる建物を素通りして、こちらに向かって来てますよ!?」


 石造りの教会跡に、特別に仕立てられたフアナの部屋。ソファに横たわっていた彼女は、その報告を聞いて飛び起きた。高台から眼下を望むと、千人の兵士たちが、サルバドールに一人も殺されることなく、ぞろぞろと進軍してくるではないか。


「くそっ、くそっ、あの無能がッ……!! 役立たずなんか、いらねぇんだよクソ!!」


 あの赤い薔薇の顔を、考えただけでも虫酸が走る。フアナは怒りを直接的な暴言と変えては、口から垂れ流しながら、建物を出て行かんとする。


「ど、どちらへ……?」


 ラーニャの問いかけに、虫のいどころの悪いフアナは、噛みつくように答えた。


「決まってる!! アイツら、全員血祭りだ。お前たちも、行くよな?」


 血走った目で、そう尋ねてくるフアナに、二人の部下は、ただただ頷くことしかできなかった。



「厄介な……、兵一千人を通しましたね……?」


 一方、ハンネスを相手に苦戦するサルバドールは、建物のすぐ脇を横切っていく兵士たちの足音に、忌々しげに耳を傾けていた。アルカムの街を割る、等間隔の、揃った軍靴の音である。


「テメェ、門番のつもりだったのか? ケッ、雑魚がよォ……、全員通れちまったぜ?」


「まさか、貴方ごときに苦戦するとは、思ってもみなかったので……」


 つい先程の情報であったか、ワルハラ陸軍の増援を率いているハンネスなる男は、能力を有するものの、戦闘には向かず、指揮官としても二流であるということだったが――。


(やはり……、メルエスはとんだ食わせ者でした。……いいえ、恐怖で従わせようとしたフアナ様の、見込み違いといったところでしょうか……)


 ことここに至りて、情報が重みを増してくる。あのフェルディナンドという男が、恐らく裏で根回しをしていたのかと思うと、サルバドールは、何故、あの男を最初に葬り去らなかったのかと悔やんだ。たとえ、亡き者とできなかったとしても、サルバドールの能力ならば、無効化することはできたはずだ。


(それよりも、今はこの男をどうにかせねば……)


 サルバドールは、精一杯、頭を巡らせる。初めの一撃こそ、諸に食ってしまったものの、それ以降の攻撃は単調で、致命的な攻撃には至っていない。不意打ちの一撃で、決着させるのが、このハンネスという男の戦法であったのだろう。


「おらおらァ!! テメェもこいよォ!! 殴らなきゃ始まんねぇぞオイ」


「……いや、遠慮致します。貴方と同類には、なりたくないのでね」


「……負け惜しみ言ってんじゃねぇぞコラァッ!!」


 挑発に乗ったハンネスの渾身の一撃は、サルバドールにひらりと躱された。中々当たらぬ攻撃に、流石の無頼漢も焦りを覚えたようだった。


(ですが、確かに私は押されている……。能力が使えれば、一気に形勢は逆転するのですが……)


 能力はおろか、魔法、武器すら使うことができない、一対一の喧嘩を、強制する能力。能力頼りのサルバドールは、頭を必死に回転させていた。


(待ってください……。能力の規制は、一対一。ならば、一対一の戦闘でなくなったら、規制もなくなるのでは……?)


 鉄拳を空振ったハンネスと、躱したサルバドールの位置は、交代している。先程までは、あの軍人が背に隠して、守るように戦っていたコクトー卿が、今はサルバドールの背後にいる。試すには、おあつらえ向きの実験台であった。


「試してみますか……」


 目の前のハンネスを睨みながら、右手に生成した一粒の種を、勝負後ろ手に放り投げる。それに気づいたハンネスの顔が、喫驚に歪むのを見、サルバドールは自分の予測が正しかったのだと確信した。


(やはりか……、あの能力が封じられれば、奴はもう、羽をもがれた鳥も同然!!)


 ハンネスが止めようにも、種の付着を阻止できる距離にない。そして、種がついたらば最後。戦闘は一対二となり、その瞬間、ハンネスの能力は解除される。そうすれば、彼を倒し、前へ前へと進む千人隊を、後ろから突き崩すことも可能となろう。燦然と輝く勝利の美酒の盃に、ハンネスの焦燥の表情を肴として口をつけようとしたサルバドールは、その直後、背後の魔力の高まりに、それを中断せざるを得なくなった。



「だからそう、べらべらと話すなと、日頃から注意しているではないですか……」


 淡々とした理論家の声が、背後から聞こえる。そこにいたのは、コクトー卿を抱え上げ、種の攻撃を回避させた、ハンネスの部下、カイルであった。


「流石に慧眼の士。能力を破る手段は、それしかありません」


 冷静に述べるカイルに、ハンネスは、複雑な視線を投げかける。


「迂闊だったが……、本当だったらこんなやつ、俺一人で……」


「ははっ、分かってますよ」


 暴れ馬を御するのは馴れているとでもいうかのように、笑いかけたカイルは、次の攻撃を仕掛けようと構えるサルバドールに、指を突きつける。


「さぁ、一対一が崩されるのは、厄介ですね。ここで私は一つ、尻尾を巻いて逃げるとしましょう」


 その指先に魔力が集中すると、次の瞬間、眩い光が放たれる。先日、森の中のヒカルを導いた、光球である。その閃光が消え、サルバドールが目を開けた時には、既にカイルとコクトー卿の姿はなかった。


(いいや、まだ遠くには行っていないはず……)


 彼らを追いかけようと、足を踏み出しかけた薔薇頭は、肩を鷲掴みにされる。筋骨隆々、逞しい腕が、細身の男を逃さなかった。


「どこ行く気だァ? テメェの相手は、この俺様だぞ!?」

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