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終末のアラカルト  作者: 大地凛
序章・黎明編
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同盟

「どうしよう、戦争になってしまったね」


 イヴァンが指を組みながら、心底困ったように言う。いまだ卓に着く者たちを見回し、心細げな様子を見せる。まるで、君たちは味方だよね、とでも言いたげに。


「悪いが、私は万国に対して中立だ。ルードヴィヒにも加担しないが、イヴァン、君に味方はしない」


 そう言い残して席を立つのは、ブリューテルブルグ大公国のフィリップ国王である。それこそが彼の国の国是であるのだから、引き止めることはできない。中立の考えはノアキス王国でも同じであるため、フェリクルスも首を振る。


「ギュスターブ王、クロード王、貴方たちは僕の味方ですよね?」


 プロメタイ帝国王ギュスターブは、眼鏡を拭きながら、いつものように条約を引用しながら答えた。


「えぇ、ノアキス条約にも、秘密同盟や秘密条約の禁止は明記されています。没落したとはいえ、誤った道を歩む程、私は腐ってはいません」


 ギュスターブの言葉に、クロードも同調する。どのみちこの三国は同盟を組んでいたため、戦争となれば相互援助が可能なのだが、他の多くの国が敵に回った以上、そうせざるを得ないという方が正しい。連携しなければ、各個撃破されて終わりである。


「イヴァン、選択を誤らないよう。我々も諸国にはたらきかけておきます、貴方もできる限り隣国と交渉して、敵を減らしてください」


「そんな悠長なことしてる暇ないのよさ。ほら、みんな帰って戦支度よ」


 クロードの言葉に、イヴァンとギュスターブも頷く。かくして、緊急の諸王侯会議は、波乱の内に終了したのだった。



「おかえりなさいませ、陛下。会議の首尾は如何でしたか」


 御召列車の扉を開けて、イヴァンを待っていたカスパーが、努めて笑顔を作りながら尋ねる。しかし、主人の神妙な面持ちを見て、何か悪い事実を悟ったようだった。


「…………戦争だってさ」


「……それは、大変なことになりましたね」


 イヴァンの顔に、不安と疲れの色が浮かぶ。行きの旅程であれ程昂っていた心が、沈みこんでいる。――まさかあの巨大なズーニグリに、再び現れてほしいと願うことがあるとは。いや、かの龍を相手にするのとは訳が違う、背負う命の数が、重さが違う。


「だけど、やるしかないさ。……カスパー、ジュゼッペ参謀総長に計画を練るよう伝えてくれ」


 今は、イヴァンの決断力、判断力を信じるしかない。カスパーは、急ぎ準備を進めた。



「……そんなことがあったんですね、戦争が始まるって……」


「えぇ、あれからずっと、陛下は働き続けております」


 カスパーはそう言って目を伏せた。戦争というのは、まったく嫌な響きの単語である。そういえば、ヒカルの国での失踪事件も、戦争の最中に起きたと聞く。戦争という災禍が、失踪事件という怪異を招いているとでもいうのか……。


「ヒカル様、ノアキスのアテナ様を始め、陛下が能力者の方々をお招きになられたのは、このような国難に対応するためでした。私も、千里先を見通す能力でもって、陛下をお助けし、国民の命を守る所存です」


 戦争に加担するのは、あまりいい気がしない。できるならば誰も傷つけず、災禍が過ぎ去るのを待っていたいヒカルにとって、皇帝の計画は受け入れられないものだ。やむを得ず戦うとしても、自分の刀は、人を倒すためでなく、守るために……、それこそが老爺の教えであった。


「その能力を、戦いを避けるためには使えないんですか」


 失われる命は少ない方がいい、できるならばそれは零に抑えられるべきだ。ましてまだ戦端が開かれた訳でもない。……何故誰もかもが戦いのことのみを考えているのか。


 真剣な表情で持論を述べるヒカルに、カスパーは心の底では賛同していた。しかしそれは、皇帝の意向に真っ向から反している。誰も戦争をしたい訳ではない。ただ、それに備えなければ骨の髄まで食い尽くされるというだけである。


「お気持は分かります。しかし、武器をとらずに怪物と戦うことはできません」


 怪物には理性がない。そして国家の理性も同様に、時に働かなくなる。現実を前にしては、理想論の脆さがはっきりと意識される。それこそ憎らしい程に。



 沈んだ心情を抱えながら歩むヒカルに、カスパーが声をかける。


「ヒカル様、この倉でございます」


 うつむいていたヒカルが顔を上げると、そこには遠目に見えていた倉があった。『失踪事件調査本部』と書かれた青銅のプレートの掲げられたその倉は、王宮に比べると小さいものの、ヒカルの元の家がいくつも入る程である。


「今の時間なら、この倉にアテナ様がいらっしゃいます」


 そう言って、扉に手をかけるカスパーを、ヒカルが慌てて制止する。まだ彼には、心の準備ができていなかった。失踪事件以来、ヒカルの住んでいた港町からは人が離れていき、同世代の人間は少なかった。そしてヒカルの性格も相まって、彼は女性一般との関わり合いを苦手としているためである。


 しかし、制止は無駄だった。ガタガタと物音を立てたせいであろうか、倉の中の人物はヒカルたちに気づいたので、返事が返ってきた。


「カスパーさん? この前言っていた人を連れてきたの?」


 澄んだ声とともに、内側から扉が開かれた。

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