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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第三章・虚妄編
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王の命を食らうの書

「まぁ結局、ロマーヌは交渉には応じねぇだろうよ……」


 通信が切れたことを確認し、鉱石を服の内ポケットにしまい込んだサルバドールは、足元に転がされている男、コクトー卿の、諦念を孕んだ声に、存在しない片眉を上げた。


「あそこまで言って、貴方を見捨てるとは……。随分、冷たい人たちなのですね、ヴェイル王国の首脳は」


 コクトー卿は、憔悴し切った顔で、弱々しい笑みを浮かべた。


「莫迦かよ、お前。あれは、国王の命すら、食っちまうんだぞ。俺一人の命で換えられる訳がねぇ」


「ならば、国王も拐いますか?」


 冗談めかした語調、しかし、それを冗談で終わらせないだけの能力を、彼らは有している。コクトー卿は、まずいことを口走ってしまったと、息を吐いた。


「まぁ、いいさ。そう易易と、思い通りにはさせねぇ」


「縛られている貴方に、奇跡は、起きるでしょうか?」


 一つだけの窓からは、朝の光が差し込んでくる。目を刺すような、希望に溢れた光だ。


機械仕掛けの神(デウスエクスマッキナ)は、窮地にこそ訪れる……。黎明の書にある通り、だな」


 くすんだ微笑みは、何かを予感したのだろう。次の瞬間、建物の外から、幾人もの男たちの鬨の声が聞こえてきた。



「発見いたしました、コクトー閣下でございます」


「ははーッ、ようやく見つけたぜぇ……!! さぁ、覚悟しやがれ黒魔術師どもぉ!!」


 夜明け前、アルカムに到着した千人隊は、その姿を隠し、黒魔術師たちの来襲を待ち構えていた。しかしその内に、コクトー卿が捕らわれているであろう建物を、兵士が発見したために、機先を制して戦いをしかけたという訳である。


「これはいけませんね、思ったより早かった……。急ぎここを離れ、戦いの準備をしなくては……」


 そう言いつつサルバドールは、ステッキに仕込んでいた細剣を抜くと、コクトー卿に突きつけた。


「交渉材料にもならぬのならば、死んで頂くより他ありません。それでは、さようなら」


 早口でそう述べ立てたサルバドールは、何らの躊躇もなく、剣を逆手に振り上げた。その軌道は、身動きの取れない卿の心臓を穿ち抜く、残酷な直線を描いている。


 奇跡が起きなければ、助からない命。フェルディナンドの命令が発せられ、兵が突撃したとしても、間に合わぬだろう。だが、運命の気まぐれか、その奇跡は、破天荒な男の強襲によって、辛くも引き起こされた。



 金属が衝突し、甲高い音を立てる。サルバドールの、強度に劣る細長い剣は、幅の広いサーベルによって、真っ二つに叩き折られていた。


「……!?」


 突如、サルバドールの視界に現れた刀。その元を辿っていくと、おおよそ真っ当な人間とはいえないであろう、無頼漢然とした男が仁王立ちしていた。


「テメェが黒魔術師か……、キメェ面してんなオイ!!」


 駆けつけたのは、フェルディナンドの号令に先んじて、無理やり突撃を敢行していたハンネスであった。息を荒げながら、男は開口一番、サルバドールに悪態をついた。


「チッ、猿めが。邪魔をしないでいただきたい」


 破落戸は、高貴を尊ぶサルバドールの、最も忌み嫌うところだ。語調を荒げながら、使い物にならない剣を投げ捨てたサルバドールは、自身の能力で、この男もろとも、コクトー卿を葬り去ってしまおうと、手を広げた。


 彼の能力は『苗床』。マナでできた種を対象の体内に埋め込み、力を吸い上げる能力である。彼は、掌にいくつも生成された濃緑色の種を握ると、突進してくるハンネスに向けて、投擲した。


(馬鹿な奴め、猪のように突っ込んできおって……)


 種に込めた魔力は最大。人間に当たれば、たちまちに身体に根を張って、体内のマナを次々に吸収し、意識不明の状態へと追い込むはずだ。動かなくなってしまえば、屈強な戦士も、手練の魔術師も、如何様にも料理できる。


 だがしかし、直撃した種が芽を出すことはなかった。ハンネスに付着した種は、そのまま弾かれるように地面に落ちては、マナへと還元されていってしまう。


「なっ!?」


 予想外の出来事に、サルバドールも目を白黒とさせた。今までどんな魔術師でも、能力者でも、この種の前に膝を折らなかった者はいない。それを、この訳の分からぬ輩に弾かれるとは。焦りと、屈辱に起因する怒りが、脳内に跋扈する。


(あり得ん、私の攻撃が効かないなど……!!)


「何ごちゃごちゃ言ってやがる、相手は俺様だろうがッ!!」


 サルバドールに耳こそなけれど、音の情報は、マナの揺らぎから解することができる。響き渡るのは、悪漢の咆哮だ。回避不可能の距離にまで、間合いを詰められたことに、薔薇頭の男が気づいた時には、既に拳が、眼前に迫っていた。


 次の瞬間には、精強なる軍人、ハンネスの鉄拳が、サルバドールの顔面を捉えていた。赤い花弁がいくつも千切れて落ち、血液の代わりに、マナと水が溢れる。


「一体……、お前は何なのだ……」


 自身の力の通用しない強敵を前に、冷静さを欠いたサルバドールは、顔を歪めながら、独りごつ。一方のハンネスは、得意げな顔でもって、これに応えた。


「教えてやるぜ。俺の能力は『喧嘩』。一対一の勝負をする時に、魔法も、武器も、能力も、お互いに全て無効化する能力。……簡単に言えば、素手喧嘩(ステゴロ)って訳だ。さぁ、邪魔もんはいねぇ、ぶっ倒れるまで殴り合いだコラァ!!」


 指をボキボキと鳴らすハンネスは、不敵に笑った。

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