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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第三章・虚妄編
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新月下

 そして夜明けは、何事もなく訪れた。夜通し見張りを続けていた兵士たちを馬車に乗せ、一行は西を目指す。


「おう、カイルぅ、何か気づいたかヨォ」


「……いいえ。黒魔術師はいませんが、シャルロッテ嬢もいらっしゃいませんね」


「チッ、どうしようもねぇな」


 ハンネスが、悪態をつきたくなるのも、宜なり。黒魔術師の見えない恐怖に怯えながら、尋ね人を求めて歩みを進めるのは、並大抵のことではない。


「ですがね……、相手が頭の回る輩なら、ここまでの警戒は不要ではないかと、私は思うのです」


「……ハァ!? オメェ、バカなんじゃねぇの!? 相手が布陣する前に叩くのは、戦術の常道だろうがよォ!」


 カイルが、深い思慮の末に放った言葉に、ハンネスが分かりやすく噛みつく。ただし、感情に任せているように見えながら、優秀な指揮官として、注意すべきところに注意していた。


「それはそうですがね……、一度、奇襲を受けた以上、我々は警戒を強めねばなりません。たとえ、二度目がなくても……」


「あぁ?」


「どの道、我々の兵数なら、アルカムへは辿り着けます。その時のために手札を見せないという可能性が……」


 黒魔術師が、どれ程この千人隊を気にかけているのかは分からない。後々のために、打撃を、切れ込みを入れておこうと思うかもしれない。しかし、下手に手を出せば、例えばラーニャの糸を使う能力の情報のように、黒魔術師の持駒が、誘拐の絡繰が透けて見えてしまう、いわば諸刃の剣であるのだ。


「おォ……、何かよく分かんねぇけど、分かったぜ……」


「えぇ……、一体どちらなんですか……」


 得心顔の上官に、カイルは苦笑いで返した。そして結局、彼の予想の通り、この日は何事もなく、ただシャルロッテの捜索をしながらの進軍に終始した。



(新月が、近いですねぇ…………)


 恐らく彼が、もとい、彼の分身が捕らえそこねた少女もまた、この空を見ているだろう。彼女がどこに行ったのか、彼女を助けた剣士に連れて行かれたか、まさか、アンリが首尾よく手中に収めたということもあるまいに。


「……サルバドール、お前、勝手な真似はするなと、言ったでしょう……」


「……はて、そうでしたかな?」


 サルバドールが振り向くと、瑞々しい造形の女が、その相好を醜く歪めていた。この憎悪の表情と、耽溺の表情とを、交互に現出させる少女が、このヴェイルという国を、中から掻き回している張本人なのだ。


 その恐ろしい黒魔術師、フアナに対して、唯一対等に、ないしそれ以上の態度をとれるのが、このサルバドールという男であった。彼は、力はあれど知識に乏しい彼女の参謀であり、諫言役であり、後始末をも引受けていた。そのため、他の仲間たちに比べると、やや自由な立ち位置にあった。


「……お前、そう何度も私が許すと思ってるの?」


「許さざるを得ないはずです、貴女は私の助けなしでは、破滅するでしょうしね」


 その言葉は、真である。揺るぎない事実である。問題は、フアナがどれだけ冷静に事物を理解できるか、である。当のフアナは、怒りに目尻を痙攣させては、歯を食いしばっている。虎と人間を戦わせているのだろう。結構なことであると、サルバドールは嘆息した。


「別によいのですよ、殺したければ殺すがよいでしょう。以前、貴女が言っていたように……。しかしながら、多くの人を操るための糸は弱く、切れやすい。私の能力なしに、裁き人は語れません……」


 そこまで言ってしまったサルバドールは、頭部に重い衝撃を受け、地面に倒れ込んだ。


「……おっと」


 血走った目だけが、いやに冷めた顔の中で、赤々と輝いている。凶暴性に身を任せることを選択したフアナは、衝動のままにサルバドールを殴り倒し、馬乗りになっていた。


「……お前ら、全員いらない。私一人でも……」


「それができれば、ラーニャもべコニーも、ここにはいません。もちろん、私も」


 波が過ぎれば、興奮を収めてくれれば、全てがうまくいくはずだ。サルバドールがフアナに示した作戦は、完璧である。それは彼女も承知の上であるが。


「…………、チッ」


 無造作に振るわれた小さな拳が、地面に向けて叩き落とされると、その延長上にあった大木に、衝撃音と共に、大きな傷が生じた。彼女の能力の発現である。


「お前の小賢しい作戦がなければ、私が全員、食えたのに……」


「それは、裁き人の担保を失うこととなりましょう」


 口のない顔に、皮肉な笑みを浮かべているのだろう。両眼が、それを明白に物語っている。フアナは、薔薇頭の男を睨みつけながら、ゆっくりと立ち上がった。


「決戦は、恐らく明日。私は私の、すべきことがございます故、失礼……」


 同じように立ち上がり、服の埃を叩いたサルバドールは、何事もなかったかのように平然と、夜の森に向かって歩いて行ってしまった。


「ね、ねぇ、ラーニャ。サルバドールは、何故フアナ様にあそこまで強い態度を取れるのかしら。何か弱みを握っているとか……?」


 その騒動の一部始終を、建物の影から見守っていたべコニーは、傍らのラーニャにそう問いかけた。


「……分からない、扱いとしては部下のはずだけど……。でも、ジャン=ポール・コクトーを拐ったのは、サルバドールの独断だし、何か、目的を隠してるみたい……」


 そのような勘繰りをしながら、二人はただただ見守ることしかできなかった。

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