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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第三章・虚妄編
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深まる懊悩

 どこにいても、月は同じような顔を向けてきてくれる。しかし、ヒカルたちが、黒魔術師たちとの決戦に赴かんとする今、月は細りゆく中途にあり、その面輪(おもわ)に黒い影を落としているかのようである。サーマンダの事件は、月蝕の日、つまり満月の日に起こっていたために、それから半月の日数が経っていた。


 野営地では、兵士たちが相変わらず、ところ狭しと駆け回る。常なる興奮状態は、黒魔術師の襲撃に怯えているためであろうか。


 そして、焚き火を見つめる少年、ヒカルは、彼らとはまた別種の恐怖に、身を縮めていた。脳内には、アトラスの言葉が木霊している。


(変えたい……、変えるべきなのか……。変えてどうするんだ、どうにかなるのか……?)


 女々しい気の迷いだと、それを一息に断ずることは、少年にはできない。イヴァンとの仲違い、今までと全く異なる環境、シャルロッテの捜索と、眼前には課題が山積していた。それらはヒカルの見るべきであったもの、すなわち、黒魔術師を一刀の元に沈めるという、彼がすべきであることを、効果的に覆い隠していたのだ。


 故に、ヒカルは信条を、変えるべきか否か、煩悶としていたのである。今まで通り越してきたそれを、再び取り出してみると、やはり大きく、重い問題であった。


 この忸怩たる感情、周りの兵士たちは恐らく、命じられれば即時に、剣を振るい、銃器の引き金を引くであろうに。


「こんなことを悩んでる……、俺はやっぱり……」


「んあぁ、ヒカル氏ぃ。どしたよ、火なんかボーッと見つめちゃってさ」


 ヒカルは、思考の邪魔をされたように思えた。わざわざ兵士たちの輪から少し離れたところで枝を組み、火を燈しているのだから、そこに闖入してくるのは、はっきりといってしまえば不快である。ましてその人物が、軽薄なるフェルディナンドであるならば、なおさらであった。


「どうせ分かりませんよ、フェルディナンドさんには」


「でもヒカル氏ぃ、糸玉に襲われた時、さらっと刀抜いてたじゃん」


「……峰打ち、しようと思ってたんです」


「…………ふぅん?」


 フェルディナンドは、ラーニャの分身と対峙したヒカルを、実に大したものだと思っていた。自分が囮になり、シャルロッテの能力によって動きを止めようとする策は、あの短時間で練ったにしては、中々に冴えている。そして、それが相手に見破られたと見るやいなや、瞬時に背後を狙う。そして、フェルディナンドとの無言の了解の内に、速やかに撤退する。青年参謀のヒカル評は、冷静かつ、決断力に富むというものであった。


 だが、その決断力は、相手に致命傷を与えないという前提の元に成り立っているとなると、話は別である。敵を倒し切ることができないということは、それ決定力に欠けるということである。


「いや、確かに分からねぇな。敵は黒魔術師、この世界に仇なす絶対悪、切られて当然だと、奴ら自身分かってるはずだ」


 ヒカルとシャルロッテを守らんと、分身に立ち向かったフェルディナンドの口から出る言葉には、直接の命のやり取りをした者だけが発する、独特の緊張があった。


「フェルディナンドさんは、人が、人を切ることに賛成ですか……?」


「…………そうでもしなきゃ、殺されるって時は、そうだなぁ。生存本能には、いやぁ、抗い難いってこと」


「死なない貴方でも、そう思いますか」


 ヒカルの言葉に、フェルディナンドは苦笑した。焚き火に照らされた顔に、暗い谷が生じる。


「死なないからこそ、かなぁ。もし、能力が発動しなかったら、俺はどうしようもない死に方をしちまうかもしれないし、そうでなくても俺は、武器も魔法も使えねぇ能なしだからなぁ……」


 この議論は、あまり意味がない。死を避けてきたヒカルと、死を、望まぬ形であったとしても、利用して、或いは、利用されてきたフェルディナンドとでは、死の概念の齟齬が大きすぎる。


「じゃあ、俺を切ってみるかい?」


「正気ですか」


「大マジよ、ほら」


 大きく手を広げるフェルディナンドは、何ら恐れる様子はない。ヒカルが刀を抜けば、立ちどころに絶え入るであろう命。無防備な彼は、防御の手立てを何ら持ち合わせていない。少なくとも今、この瞬間は、その命は、ヒカルの両腕に預けられている。


「いいんだぜぇ、俺を切ったって。責める人間はいねぇよ。そうやって使い潰すしか、能がねぇ能力なんだからさぁ」


 フェルディナンドのいつもの笑みが、非道く悲しげに見えたヒカルは、終に刀から手を離した。


「できる訳、ないでしょう」


「そうだな……、普通はそうだ。俺みたいに、命の価値なんかぐちゃぐちゃな奴より、ヒカル氏はマトモだろうさ」


「それじゃ、意味ないじゃないですか」


 フェルディナンドは、ヒカルから目を逸した。焚き火の火が、少しずつ小さくなっていくのを、彼はぼんやりと見つめていた。沈黙の後に、彼は手近な枯れ枝を手に取って、弄び始めた。


「アトラス氏は、ヒカル氏の不殺を、迷いだと思ったんだろうさ。だけどよ、俺はそうは思わねぇな。生存本能が働くべきところで、ヒカル氏はいつも踏み止まってきたんだし……」


「でも、それでは長くは続かないでしょう?」


 埒の明かない問答に嫌気が刺したのか、フェルディナンドは手元の枝を折って、焚き火に放り込んだ。


「だからよ、ヒカル氏が窮地に陥って、刀を突き立てようとするまでは、そのままでいいんじゃねぇかって、そういうことだよ。……それまで死ななければ、まぁ、いいんじゃね?」


 示唆を与えたのか、懊悩を深めたのか、フェルディナンドはそれだけ言うと、立ち上がって行ってしまった。

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