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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第三章・虚妄編
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短い発話

 黒魔術師たちとの決戦を前に、招集された男たちは、大いなる使命感と僅かな恐怖心を、胸の内に宿しながら、ひたすらに歩みを進めていく。


「覚悟、ですか……」


「そうだな……。そう言い換えることも、できるかもしれぬ」


 馬車の窓から眺めるヒカルの呟きを、アトラスはしばしの黙考の後に、首肯した。


「並々ならぬ覚悟を持って、作戦に臨む者もいる……。我々上官は、彼らを無事に返してやりたい。だが……」


 黒魔術師たちとの戦いは、戦争とは別問題だ。何が起こるか分からず、手探りでしか進むことのできない状況。それでも、目指すべきところは一つである。



「ヒカル。君は、もし黒魔術師が、我々の千人隊を、全員殺してしまったとしたら、果たしてどうする?」


 唐突に放たれた、生々しい問いかけ。想像したくもない最悪の結末の可能性に、ヒカルは眉を顰めた。


「それを、させないって言ったばかりじゃないですか……」


「……最悪の可能性は、起こり得るからな」


 アトラスの言葉には、幼稚な大団円を許さない、覆し得ない厳しさがあった。ヒカルは、その言葉の重みに耐えかねたように、ぶっきらぼうに吐き捨てる。


「それなら、仇討ちです。意地でも切ってやりますよ、黒魔術師を」


「できるのか、君に」


「それは……」


 ヒカルは、窓の外に目線を向ける。いや、アトラスから目線を逸したという方が正しいだろう。兵士たちは、アトラスの想定する悪夢のことなど、露も知らない。それでも、ある程度の事態は予見しているだろうが――。


「君は、君たちは、表面上は不殺を掲げている。しかし今、君は黒魔術師を切ると言った……。では君が、敵の首に躊躇なく刀を振るう分水嶺は、果たしてどこなんだ……?」


「そんな、分水嶺って……」


 戸惑いを隠せないヒカルは、アトラスが紡いでいく言葉に、正対を促されているように思えた。しかし、正面から向き合うには、かなり堪える問答であった。


「そんな位置、決められる訳ないじゃないですか。人の命を尺度みたいに、道具みたいにしろって言いたいんですか!?」


 ヒカルの高まる声は、怒りより、焦りに起因していた。協力し、信頼を寄せるアトラスの口から、そのような論が飛び出すとは、予想外である。そのヒカルの感情の機微を、つぶさに読み取ったアトラスは、少年の興奮を抑えんとするかのように、ゆっくりとした、落ち着いた調子で、話を続ける。


「……君の言う通り、人の命を天秤にかけることは間違っている。ならば、もし、黒魔術師たちが一人も殺していなかったら、君は刀を振るうか……?」


 ヒカルは、その言葉に押し黙った。黙考の内に、アトラスの問いの本質がようやく分かってきたヒカルは、首を横に振った。


「アトラスさんは、どうなんですか……?」


「切る」


 短い発話は、厳しさに満ちていた。ヒカルの持ち合わせていないものを、目の前に広げられ、少年は逃げ出したい気持を心に生じさせてしまった。心情は、微妙な身体の動きに如実に現れ、アトラスの気づくところとなる。


「……君は、失踪事件の解決に向けて、皇帝を納得させるためにここにいるはずだ。それはつまり、ここで不殺の矜持を貫き、どうにか突破したとしても、その次には裁き人との戦いが待っていることを意味しているのだ」


 ヒカルの恐怖を見透かしたかのように、アトラスは次々と言葉を繰り出していく。それらが否が応でも、ヒカルにのしかかり、押し潰していく。


「裁き人に拐われた人々が殺されたか、数千年の謎だ。君は、彼らを相手に戦って、刀を振らないのか? 振らねばまた、災禍が繰り返されるというのに」


「それは……」


「まさか、生半可な気持で、切ると言った訳ではあるまいな」


 尋問は、かなり長い時間続いたように、ヒカルには思えた。その答えは、今の彼には出しようもない。確かに、切らねば不幸の連環は永遠に廻り続けることになろうが、しかし、切れば彼らと同罪、もしくはそれ以上の悪となるように思える。そしてそれ以前に、根本的なところで、ヒカルは刀を振るうことを恐れている。サーマンダで窮地に陥ったヒカルは、最後まで峰打ちに拘った。幸いカリスは、他の魔導師たちの手によって壊滅したが、もし、あの場で判断を間違っていたとしたら、ヒカルはおろか、騎士団のマルクも、生きてはいなかったのだ。


 今のヒカルには、覚悟が足りていない、今までは、運が良かっただけである。生身の人間に刃を突き立てることへの嫌悪感が巣食う心象を、矯正せねばならないのか。この、黒魔術師たちとの決戦への、僅かな時間に。


「俺に、人を切れるようになれと……?」


「不殺を貫くというのなら、話は別だが。……何にせよ、これからの戦い、今までの君では、恐らく保たないだろう」


 ヒカルは、故郷の景色を、育ての親の老爺を、そして、今まで経験してきた戦いの数々を思い出しながら、手元の刀に目を落とした。鯉口を切ると、白銀の刀身が覗く。それは、今からでも何某かを切る用意ができていると訴えているかのように、馬車の室内燈の明かりを得て、輝いていた。

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