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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第三章・虚妄編
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儚きは思う気持

「どうされます、アンリ様……」


 不安げな部下の言葉に、アンリは沈黙で返す。正体不明の剣士は、恐らく、サーマンダでレギウスを追い詰めた者と、同等の力を有しているように、アンリには思えた。下手に動けば、未だ傷の癒えない自分は、返り討ちに合うかもしれない。


「こないのですか、残念です。貴方たちはかなりの手練だと聞いていましたから、切り結ぶのを楽しみにしていたのですが……」


 青年剣士は、黒服の裾から覗く大振りの鞘を手でなぞっては、心底口惜しいという口調で語る。カリスたちと戦っても、数的不利を覆すのだという自信に満ち溢れた声、アンリは、黙考の末に、戦闘は得策ではないと判断した。


(せめて、あの小娘だけでも……)


 アンリは、魔法陣の効果を強めんとする。しかし、魔力は高まらず、マナは少しも動かない。


「……どんな術式かは知りませんが、少し細工をしました。貴方の思うようには、させませんよ?」


 目線を左右に向けると、黒い魔法陣の一画が、土ごと削り取られていた。その位置から見るに、剣士がサルバドールの腕を切り落とす際に、強く踏み込んだからであろう。しかし、並の攻撃では破壊されないはずの魔法陣である。アンリは、この剣士は、如意にならないであろうと納得した。


「…………退却だ、戦力を無駄に消耗する程、我々は莫迦ではない。だが、次に会った時には……、必ずお前の首を刎ねてやる」


 言葉を紡ぎながら、アンリたちの気配は、徐々に薄くなっていき、そうしてすぐに、空気の揺らぎとして消失した。後には、力を失った魔法陣だけが残されていた。



「……行きましたか。はぁ、二人の言っていた通り、確かに相当に強力な術者でしたね」


 剣士は、そう溢しながら、シャルロッテの方に向き直った。端正な顔立ちの、若い男である。


「もう大丈夫です、奴らは私には近づけないはずですから」


 そう言って、柔和に微笑む剣士に対して、シャルロッテは未だ状況が飲み込めず、呆然としていた。


「あ、アンタは、一体誰なんだよ……。味方なのか、それとも違うのか……」


 黒魔術師に敵対しているからといって、それすなわち、ヴェイルに与する者であるとは限らない。一人で、危険な黒魔術師集団を撤退させる程の豪者と戦うともなれば、シャルロッテに勝ち目はないだろう。


 果たして、その心配を他所に、剣士は、困ったように笑いながら、首を振った。


「いえいえ、私は貴女の味方ですよ。……ただ、故あって素性は明かせませんが……」


 味方という言葉に、嘘はないらしい。正体こそ分からないものの、それ以外に何ら怪しい素振りをしない剣士に、シャルロッテは幾分か警戒を解いた。


「……助けてくれて、ありがとう。……でも、何で俺がここにいるって分かったんだ?」


 シャルロッテの質問に、剣士は、歯切れ悪く、何かを包み隠すような語調で述べる。


「それは……。いいえ、偶然ということにしておきましょう。ともかくこれで、脅威は去りました。さぁ、貴女は行くべきところがあるでしょう?」


「行くべき……、ところ……?」


「えぇ、貴女なしでは、討伐が進まないのではないですか?」


 討伐、その言葉にシャルロッテは、覚えず両の手を、自らの耳に当てがおうとした。無理もない。彼女は、挑もうと心に決めたにも関わらず、途中で挫折した。新たにした決意も、再び生じた脅威によって、脆くも崩れ去った。――自分など、討伐には不必要だ、足を引っ張りたくないという考えが先行していた彼女は、首を必死に振った。


「できない、できる訳ないだろ……。俺は逃げてんだよ、ずっと。口では偉そうに言っても、直に接すると分かる……。違うんだ、アイツらと俺とは。能力も魔法も、何にも構わずに使えるアイツらと、震えることしかできない俺じゃ、戦う前から勝負はついてるだろ?」


 遭遇する度に、自信と希望を打ち砕かれる。到底敵わないであろう強大な存在に挑むのに、シャルロッテは、肉体も精神も不足していると考えていた。


「そうだよ、アンタがやってくれよ……。俺なんかより、絶対、皆の役に立つ。……皆を、助けられるはずだから、さ」


 剣士は無言で、シャルロッテの言葉に耳を傾けている。心中を吐露する内に、シャルロッテは無力感に涙が込み上げてきた。自分は、何もできない。何もできないのだ。


 しかし、自分を責め続けたシャルロッテは、この優しき剣士に、ある種、期待していた。そんなことはないと言って慰め、自分も戦うから、安心してくれと、そう声をかけてほしかったのだ。だが、彼女の感情の奔流を受け止めた彼が放ったのは、その期待を裏切る、彼の刀の刃のように、鋭いものであった。


「……確かに、貴女は無力です、それは恐らく事実でしょう。貴女が窮地を脱するために能力を使う胆力を持ち合わせていたら、逃げることくらいはできたはずです」


 突如、剣士の口から繰り出された言葉に、シャルロッテは喫驚して顔を上げた。悲しげな、苦しげな顔は、憐憫を垂れているようにも見える。


「違う……。俺には、できないんだよ!!」


「いいえ、できます」


 悔しさと怒りに、声を張り上げたシャルロッテは、静かに、そして力強く返す剣士に圧倒され、二の句を継げなかった。何故、この男はそこまで、シャルロッテを評価するのか。シャルロッテは、そんな期待は捨てて、自分を重圧から解放してほしいと思っていたのだが、剣士はそれを良しとしないらしかった。


「……何で、何でそんなに俺のことを……?」


 剣士は、シャルロッテの疑問に、敢えて答えようとはしなかった。


「貴女は、両親を救いたい、そうでしょう?」


「……それは、そうだけど……」


「ならば、自分は弱い、力になれないと、思わないことです。皆が一つになれば、一人の無力感など、誰かの自信過剰で補えますから」


 シャルロッテは、今までの自分を振り返った。そうして、彼女の無力感は、いずれも孤独に起因するように思えてきたのであった。家族と切り離され、ヒカルとフェルディナンドの無言の了解に押し流され、そして一人で露頭に迷っていたところを、黒魔術師に捕まる――。


「俺が、ヒカルたちと、本当に力を合わせたら……、俺は、変われるかな……」


「えぇ、思う気持が本物なら、きっと貴女は、誰かを救うことができますよ」


 剣士は、それだけ言うと、自分の役割は終わったとでもいうかのように、くるりと背を向けて、森の茂みの中へと消えていった。

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