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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第三章・虚妄編
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醜悪なる取引

 ただならぬ気配のために、シャルロッテは、この男が黒魔術に関わる人間であると、直感的に理解した。そうして初めて、自分の犯した間違いに気づいたのだ。


(足跡も、全部、俺をおびき出すためだったのか……)


 彼らは、能力者の少女、シャルロッテの観察を通して、彼女の行動を予見していた。人の手がかりを探す彼女が、森の中で足跡に遭遇したとしたら、万が一を想定し、足跡の起点を目指すだろうと。


「……お、お前は、あの黒魔術師の仲間なのか……?」


 裁き人を語るために、できる限り少ない人数で、効率的に模倣するというのが、フアナたちの目的であったはずだ。しかし、その目測が誤りであるとするならば、作戦は根底から揺らぐこととなる。兵士がどれ程の数かは知らないが、今の状態で、相手に敵い得るだろうか。


 固唾を飲んで返答を待つシャルロッテを、アンリは無言で見つめる。一度のまばたきも挟まれることもなく、やがて長い沈黙の後に、アンリは口を開いた。


「あの黒魔術師、か……。悪いが我々と奴らは、厳密には仲間ではない。互いが互いを利用しているだけだ。……不本意ながらな」


 男の意図するところを掴みかねて、シャルロッテは後退った。


「何で俺を……」


「決まっているだろう、我が野望のためだ」


 アレキサンドラとの戦いで、彼は裂傷を負った。腹心、レギウスによる救出と、カリスの残党による手当の甲斐あって、何とか起き上がれるまでに回復した彼は、しかし、欠損した手足や臓物を、魔法具で補うという有様であった。それでも歩みを止めなかったのは、彼自身の野望にかける思いが、並々ならぬものであるからであろう。


 前回よりも多くの能力者を狩り、マナを集める。アンリは、警戒の強まったワルハラを離れ、ヴェイルで、活動を再開しようとしていた。そのためにもまずは、自身の魔力を回復させることが、絶対の条件であった。


「それなのに、何とまぁ、厄介なことに巻き込まれたことか……」


 アンリの苦み走った顔は、シャルロッテの神経を逆撫でした。人々の抱く、黒魔術師たちに対する怒りとは、全く毛色の違ったそれが、自身の目の前で激しく燃え上がる様は、共感などできるはずもない。



「だがな、口惜しいことに私は、お前を手放さねばならないのだ……」


「……うっ、ただで逃してくれる、って訳じゃなさそうだな……」


 諦めの色が、刺青の入った若い男の顔に指す。その表情の裏に、後ろ暗いものを感じたシャルロッテは、後退りしながら、様子をうかがう。気丈に振る舞おうとしても、小刻みに震える膝を両の手で押さえていなければ、立ってもいられないだろう。アンリの言葉を借りるなら、どのような手段を採らんとしているのか、分からぬ相手を前に、シャルロッテは、恐怖心に蓋をし切ることができなかった。


「おぉ、上手くいったようで何よりでございます」


 その緊迫した心は、突如、背後から投げかけられた声のために、勢いよく跳ね上がった。気配なく忍び寄ってきたそれは、既に手を伸ばせば触れることのできる程の距離にまで接近している。動転し、へたり込んだシャルロッテの背中を、冷たい汗が伝う。


「おっ……、お前は、あの晩、確かに……ッ!!」


「おやおや、誰かと思えば……。我々から逃れることに成功した、幸運なお嬢さんではありませんか。しばらく振りでございます」


 声の主は、ヴェイルの黒魔術師集団の一員。紳士然とした雰囲気の、燕尾服の男、サルバドールである。物腰柔らかな態度であるが、人の命など、塵芥程としか捉えていない男である。いや、彼には元々、人の価値観など解し得ないのかもしれない。


 その醜悪ともいえる姿から、シャルロッテは目が離せなかった。黒服の上に乗った頭部は、まるで薔薇の花のような形状をしており、花弁の隙間からは、一対の剥き出しの眼球だけが、覗いている。異形の男は、どこにあるのかも分からない口から、落ち着いた声を発し続ける。


「して、アンリ様。この女を我々に渡していただければ、あとは手はず通りに……」


「まず、ヴェイルの『黎明の書』を、私に改めさせろ。……話はそれからだ」


「はっはっは……。お気持は分かりますが、それではあべこべにございます」


 シャルロッテは、頭越しに交わされる会話の内実を掴めぬまま、回らない頭で、ここからどうやって逃げ出すかを考えていた。どうやらアンリが彼女を捕まえたのは、何某かの交換条件のためであって、そのためには持論を曲げることも厭わない、ということであるらしい。ともすれば、彼女はサルバドールによって、フアナの元に連れて行かれるということか。


(いや、もしかしたら、サルバドールに着いていけば、親父やお袋に会えるかもしれない……)


 頭の中で甘い誘惑が、どこからともなく湧き出してくる。この男たちの密約に加担すれば、恐らく破滅的な最期が待ち受けているに違いない。しかしその最期を、せめて両親と過ごせたらば、という妄想が、シャルロッテを飲み込んでいった。どうにか黒魔術師に対抗しようと考えていた心は、狼のように獰猛な精根を有する者たちによって、散々に食い破られてしまっていた。


「……ふふっ、約束を違えるつもりは、毛頭ありません。さぁ、このお嬢さんは、私が貰って行きますよ」


「約束を違えれば、直ちにお前を呪いが蝕むことになるからな。必ずだぞ……」


 妄念に溺れるシャルロッテは、肩に置かれた薔薇頭の男の手を、半ば救済が差し伸べられたかのような心地で眺めていた。



「駄目ですよ、お嬢さん。……最後まで希望を捨てるべきではありません」


 目を臥せて、サルバドールのなすがままに立ち上がったシャルロッテにかけられたのは、彼女の想像とは全く別の言葉であった。この期に及んで彼女を鼓舞し、抵抗を促す、聞き覚えのない声が、森のどこかから聞こえてくる。


「つけられたな、サルバドール……」


「まさか、……いや、しかし……」


 狼狽するサルバドールは、その視界の隅に、異常な魔力の高まりを見た。森の茂みの中から、能力者に匹敵する、巨大な魔力の反応がある。


「……そこかっ!?」


 正体不明の相手に、魔法による攻撃を試みるサルバドール。その手の魔弾が放たれることはなかった。



 僅か一刹那の間に、シャルロッテの肩に置かれたサルバドールの腕が切断される。切れ味鋭い刃によって丸く切り取られた横断面は、ややあってから崩壊を始めた。


「あぁ、また糸玉か……。手応えがない訳だ……」


 サルバドールの切り落とされた右腕の先は、地面に落ちて尚、うねうねとした微動を続ける。しかし、それも束の間。やがてそれは糸の束へと変じ、ほろほろと解けていった。その様子を見届けたアンリは、忌々しげに口を開く。


「また、お前たちなのか……。サーマンダといい、ヴェイルといい……。お前たちは何なのだ、あの少年の守護か」


「そういった認識も、間違いではないでしょう。ですが、今は誤りを正すために刀を振るう、一剣士ですよ」


 アンリたち、カリスの構成員たちと正対する、打刀を帯びた青年は、そう言って、柔らかに微笑んだ。

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