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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第三章・虚妄編
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“まで”の魔術

「……つまり、貴方はその、メルエスという男から得た情報でもって、戦闘が起こるように仕向けた。このような理解でよろしいですか?」


 カイルが、情報を反芻しながら尋ねると、フェルディナンドは仕向けたって程じゃないが……、と前置きしてから、語り出した。


「あそこで得た情報を元に、その後の計画を決めたんだよぉ……。裁き人を語る黒魔術師が十分戦えるってんなら、偵察もそこそこにアンタらに合流したし、戦えないんなら、追いつき次第、そのままやり合う算段だった……」


 あっけらかんと述べるフェルディナンド。すると、それを聞いて黙っていられなくなったアトラスが、重い口を開いた。


「……その情報を鵜呑みにして、戦闘の準備を怠ったのは、浅はかだったな」


 アトラスは、口調を荒らげることは一切しなかった。ただ、ヒカルの身が危険に晒されていたことに、静かに怒っているのは明らかだ。フェルディナンドは、その迫力に気圧されて、唾を飲みながらも、弁解を述べていく。


「で、でも、万が一にも不意を突かれないよう、馬車には魔力遮断の魔法具をよぉ……」


「外されてましたよ」


「……はぁ?」


 素っ頓狂な声を上げるフェルディナンドの、頭から爪先までを見回しながら、カイルは呆れたような声で続けた。


「乗り捨ててあった馬車、魔法具は取り外されてました。……まぁ、貴方たちの魔力の感知能力は低いらしいので、気づかなくても仕方ないでしょうが」


 つまりこれは、馬車から漏れ出る膨大な魔力が、そのまま垂れ流されていたということである。敵に感知されないよう、馬車も簡素なものを使い、森の中を通る道を選んだのにも関わらず、僅か一日で捕捉された。この不可思議には、合理的な理由があった。


「それを外したのは、メルエスさんの仲間ってことですか……」


 ヒカルの言葉に、カイルは頷いた。


「状況を見る限り、貴方たちが馬車を離れたのはその時位でしょう。御者がいたかもしれませんが、金を掴まされたかしたのでしょう。道理で、黒魔術師の来襲の前に逃げ出せる訳です」


 メルエスは、かなり黒魔術師寄りの人物であった。何故、彼が黒魔術師につくのかは分からない。脅されたか、商売敵を消し去るためか、或いは、黒魔術に心酔したのか……。ただ、それについていくら考えても、状況は変わらない。


「あ、アイツ……。魔法具まで外すとか……、結果的に相手の手の内透けたけど、代償デカすぎんだよなぁ……」


 フェルディナンドの言葉通り、四人の黒魔術師の内の一人、ラーニャの能力は、糸を操るというものであるということは理解できた。フェルディナンドが身体を張って、直接身体に叩き込むことで得た、生きた情報である。しかし、その対価として、能力者一人の行方が分からなくなった。由々しき事態である。



「ちょっといいですか……?」


「ん、何だよヒカル氏ぃ」


 ヒカルの声に、フェルディナンドはやはり、平調で応える。これがヒカルにとっては、大きな違和感であった。作戦計画自体にひびを入れかねない重大な失態を犯して尚、彼はどこか冷静で、他人事のように、事態を俯瞰しているように感じる。


 もちろん、彼が図太いというのは事実である。カイルの指摘も、的を射ているであろう。しかしヒカルには、余裕すら感じさせるフェルディナンドの態度には、未だ自分たちが知らない、相応の理由があると思えたのだ。


「さっき、フェルディナンドさんは、魔法具まで外すとか、とおっしゃいました。……まで、って、どういうことですか」


 フェルディナンドは、得意気な笑みを浮かべた。


「までってのは、までだよぉ、想定の上限を超えてまでってこと」


 やはりか。ヒカルは目を据えて、フェルディナンドの瞳を正面から捉えるよう、目を逸らされないようにしながら、確かめるように言葉を紡いでいく。


「じゃあ、フェルディナンドさんにとって、その『上限』は、一体どこまでなんですか」


 果たして、フェルディナンドは目を逸らさなかった。むしろ、ヒカルが目を背けたくなる程に、目に光を滾らせて見返してきたのである。


「もちろん、メルエスが嘘を吐くところまでさぁ」



「おいテメェ、どういうことだよ!? 俺様にも分かるよう説明しやがれオラァ!!」


 ハンネスは、訳の分からぬ論法で、のらりくらりと追求を躱し、論点を絞らないフェルディナンドに対し、怒り以上に混乱を覚えているようであった。すぐさま殴りかからないところを見るに、目の前の優男を、殴るべきか否かを、判断しかねているという様子であった。同様に、ヒカルも、アトラスも、カイルもまた、フェルディナンドの考えの根底を把握してはいない。


「分っかんねぇかなぁ……。つまりよ、アイツが黒魔術師に脅されてたってのは、予め分かってたんだよぉ。……手段は聞くなよ、企業秘密ってやつだぁな。……だから、アイツに助言して貰う体で、黒魔術師の術中に嵌った振りをする。……夜襲受けたせいで振りじゃなくなりかけたけどなぁ」 


 苦笑交じりに話すフェルディナンドは、どこまで本当のことを言っているのか。それを図る術はない。もしかしたら、フェルディナンドの今の発言は、追求を逃れるために、口をついて出た嘘まやかしであるかもしれない。しかし反対に、全て嘘だとも言い切れないのである。


「チッ、ややこしいのは苦手なんだよォ。……おいカイル、通訳してくれ」


「……要は、黒魔術師の行動を把握し、手の内を探るため、敢えて敵の策に飛び込んだというのですか」


 カイルの要約を、フェルディナンドは首肯する。この首肯を、信じてもいいものかと、思案する面々を尻目に、青年参謀は、朗々と述べ立てる。


「俺の言ったこと、全部本当だぜぇ? 恐らくメルエスの助言も、そう言うように脅されてたんだろ。まぁ、魔法具外されたのは予想外だったんだが、結果的にアイツのおかげで、黒魔術師が戦闘もいける口だって分かった。相手の情報が揃ってきた今、戦いの準備はいよいよ整ってきたって訳だ。……ここまでして、相手が本物の裁き人だったら、諦めるしかないんだけどなぁ……」


 長い口上を聞きながら、ヒカルは、フェルディナンドのことを信じてみてもいいかもしれないと思い始めた。確かに、メルエスは黒魔術師寄りの人物であることははっきりした。しかし、彼の伝えた情報の大半は、真実である。嘘の部分も、魔法具を外し、戦闘を演出することで、フェルディナンドに気づかせることができたと、そう考えることができるのだ。


 ヒカル、シャルロッテ、フェルディナンド、ヴェイル参謀本部、メルエス、そして黒魔術師。ばらばらだった思惑が、一つにまとまる。メルエスは複雑な立場から、考え得る限りで最善の方法で、情報を託してくれたのだと、そう考えれば、今の状況に納得がいく。


 だが、ここで新たな疑問が生じてくる。何故、フェルディナンドはそのことを最初に言わなかったのか、不要な疑いをかけられることになると分かっていながら……。その疑問に対し、彼は、最高に彼らしい答えを返した。


「だってさぁ、そっちの方が面白いじゃねぇかよぉ!」


 そう言ってニヤニヤと笑う男を見ながら、納得しかけていた四人は、再考の必要をひしひしと感じたのであった。

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