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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第三章・虚妄編
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透けた手札

 声の主は、ヒカルたちと行動を共にしていた、軟派な男。ヴェイル王国の若き参謀、フェルディナンドであった。建物の崩壊に巻き込まれたために、服は煤けて、ところどころに綻びが生じ、腕からは血が流れている。しかし、それでも尚、彼は平調で語りかけてくる。


「俺が何とかしよう。お前ら二人を逃がすことだけなら、まぁ、俺にだってできんじゃねぇか?」


 ラーニャを刺激しないよう、小声で言うフェルディナンドに、ヒカルは悔しそうに指先を動かしながら、自身の身体の自由が奪われていることを訴える。


「これは、能力ですか。それとも魔法具の効果ですか」


「さぁなぁ……。まぁ、どちらにせよよぉ……、あいつの手札、透けたぜぇ」


 不敵に笑うフェルディナンドは、手近な石を拾い上げると、ヒカルの身体の輪郭をなぞるかのように、空間中を動かした。すると、すぐにヒカルは解放された。


「おらっ、お姫さん連れて逃げろ。馬車は向こうの茂みだ、御者の野郎は逃げちまったんでなぁ」


「……、分かりました……!!」


 猛然と走り来る何かの気配に、ラーニャはようやく気づいた。しかし、ヒカルを止める準備は、彼女はできていなかった。彼女が手を伸ばす間もなく、シャルロッテに駆け寄っていったヒカルは、彼を抱き上げるようにして駆け出す。



「ま、待ちなさい!」


 ことここに至りて、自身の慢心が招いた結果の重大さに気づいたラーニャは、ヒカルを追うために、さらに歩を速める。だが、丈の異様に長いドレスの裾を引きずる彼女が、いくら速く走ったところで、少年に追いつける訳もない。その内に、彼女は後ろから伸びてきた腕に拘束された。


「俺を無視するなよぉ、ラーニャとやらぁ。斥候は三人って聞いてんだろぅ?」


「……お前!!」


 先程までの余裕を失い、怒りを両眼に踊らせるラーニャは、フェルディナンドの腕を勢いよく振り払った。


「何となく、理由は分かるけどなぁ。俺の能力はほとんど使えねぇ、って分かってたんだろ」


 戦意のまるで感じられない、フェルディナンドの平調の声に、ラーニャはいからせていた肩を、少し落とした。


「……そう、そこまで分かっているのなら、仕方ないわね。そうよ、お前たちの行動は、全部筒抜け。お前たちは初めから、私たちの掌の上で踊らされていたのよ!!」


 一抹の優越に、口角を引き上げるラーニャ。情報を制する者が戦いを制するということは、彼女も知っていたのだ。しかしてフェルディナンドを見ると、彼は、いかにもわざとらしい様子で、大振りに悔しがる。


「うわー、そうだったのかぁー。ちくしょー」


「…………ふざけてるの?」


「いやぁ、大マジでさぁ……」


 困ったように、頭を掻くフェルディナンド。その仕草も大袈裟で、一つ一つが丁寧に、ラーニャの神経を逆撫でしていく。


「それで、私をどうするつもり? まさか、倒せるとでも?」


「……もちろん、勝算のない戦いはしねぇからよぉ」


 余裕綽々、自信を満面にみなぎらせたフェルディナンドの姿は、不可能をも可能にできるという態度の現れであるように、ラーニャには感じられた。しかし彼は、今まで能力を使ったという話もなければ、剣の腕が立つという訳でもない。むしろ参謀として以外は、まったく非力な小者。ラーニャたち黒魔術師は、そう聞いていたのである。


(輝石は持っていても、能力は発現していない……。あの小僧と同じか)


 冷静になって観察しても、彼が十分に強いとは、ラーニャには思えなかった。だからこその不安であるのだが、この男のことである。案外、相手に深く考えさせて、戦意を喪失させんとしているのかもしれない。


「では、その勝算とやらがどこにあるのか、聞かせてもらおうじゃない……」


 フェルディナンドは、ニタニタと笑う。


「端的に言うと、お前は虚仮威しの偽物なんだよなぁ。本物の黒魔術師は、まだ遠く離れた町にいるってぇ訳だ」


「その根拠は? まさか、当てずっぽうでもないでしょうに」


 ラーニャがそう問いかけると、フェルディナンドは得意気に指を立てる。


「黒魔術師が四人も集まって、裁き人を語る……。確かにその行動自体は裁き人そのものなんだが、あまりに効率的すぎだぁ。町を順繰りに襲う、そうでもしないと、神出鬼没の裁き人の模倣ができないんだろぅ?」


 確かにその通りである。頷きこそしなかったものの、彼の推理は的を射ていた。


「四人も黒魔術師がいたのもよぉ、四人揃わないと、手際よく誘拐なんてできねぇからだろうなぁ。無駄を省いて、裁き人に近づく必要のあるお前らならぁ、その四人で必要十分なんだろぅ?」


「……よくまぁ、それだけ無駄に口が動くわねぇ。呆れてものも言えない」


「ははぁん、図星ってぇ訳だ」


 フェルディナンドは、意を得たりという顔で、何度も頷いた。その仕草に、頭に血が昇ったラーニャが歩み寄ろうとするのを、彼は片手で制する。


「要するにぃ、誰一人欠けてはならない黒魔術師の中から、わざわざお前が出てくるこたぁねぇんだよ。でも現にここに姿がある。そんなお前の能力、四人組黒魔術師の一人として誘拐を円滑にする能力……。考えられるのは、一つだ」


「それは?」


 フェルディナンドは、腕を後ろ手に、背筋を伸ばして、勝ち誇った顔で結論を述べた。


「つまりお前の能力は、幻を生み出す能力だ。誘拐の対象をおびき出せる姿を見せて、拐っていく。……透けたぜぇ、お前らの手札、その一枚が!!」

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