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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第三章・虚妄編
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交渉の含意

「まず、これだけ聞いときたいんですがねぇ……。貴方、裁き人の情報、引き続き仕入れてます?」


 メルエスは、自分の前に置かれた紅茶を啜りつつ、少し考え込みながら、口を開いた。


「…………えぇ、持ってますよ。そりゃ、噂の範疇を出ませんが、それも刻一刻と変化するものですから、常に新しいものは持ってますね」


 恐らく、シャルロッテの持つ以上に正確な情報を、彼は隠しているのだろう。思わず前のめりになるヒカルとシャルロッテを、フェルディナンドは片手で制した。


「ただで教えるって訳には、いきませんよねぇ?」


「ははっ、それはもちろん。それに……、隠そうと思えば、いくらでも隠せますからね」


 それは、フェルディナンドに対し、何らかの代償を期待する言葉だった。予想通りという素振りで、フェルディナンドは右手の封筒を、机の上に置く。無言でそれを拾い上げ、封蝋の紋柄に目を細めたメルエスは、チラリと青年参謀の方をうかがった。


「陸軍の印章……、作戦計画、ですかな?」


「近々、実行に移そうと思っているのですがねぇ……、必要な量の魔鉱石を確保できる目当てがつかないと、作戦が実行に移せないんですよぉ。……もし協力してくれる商人がいたら、今後とも、国で保護したいと思ってるんですがねぇ」


 メルエスは、全てを悟った顔で、力強く頷いた。周りの商人たちのことも考えると、少々卑怯な抜駆けのような気もするが、しかし、戦争も商業も、情報が肝である。否、商業も一種の戦争であるというのが正しいか。とにもかくにも、交渉は妥結。次は、裁き人を語る人物たちの情報である。



「奴らは、ヴェイル国内の町を、左回りに荒らし回ってる。ただ、その行動があまりに素早く、規模が大きいために、政府は全容を把握できてない。これまではお話した通りですね?」


「……あぁ、それはその通りぃ」


 不甲斐なさを隠すかのような、自嘲気味な笑みを浮かべるフェルディナンド。そして、それを当然だという風に頷くメルエスのかけ合い。ヒカルたちが割って入ることもできぬままに、会話は続く。


「その手際のよさは、確かに裁き人並ですがね。しかし奴らは、恐らく裁き人じゃない」


「ほほう、その根拠は?」


 その言葉の真意を読み取れなかったフェルディナンドは、目を細めて尋ねる。その視線を受けた商人は、柔らかな笑顔のまま、指を立てて、ゆっくりと口を開く。


「先程も申し上げましたが……、裁き人を語る者たちは、ヴェイルの町を、左回りに順を追って襲っている。……これは確かに事実です」


 そうでしょう、と目で問うてくるメルエスに、一行はそれを首肯する。


「もし彼らが裁き人だとすると、おかしいじゃありませんか。そんな効率のいい回り方は」


「あぁ、なるほどねぇ。……完全に理解しましたよぉ」


 意を得たりという表情を浮かべたフェルディナンドは、まだその言葉の意味を理解できていないヒカルとシャルロッテに、噛み砕いて説いた。


「まず分かってほしいのはよぉ、裁き人は、その枝葉こそ腐敗してしまったけど、根は生きてる。つまり、咎人を裁くという本来の目的は、失っちゃいないってことさぁ」


 ヒカルは、ワルハラの王都ゲレインに現れた、裁き人の放った台詞を思い返した。彼は、黒魔術師の『強欲』を罪状に挙げていた。彼の他の裁き人もまた、それぞれが何らかの役割を担っているのだろう。


 納得した顔のヒカルたちを見、フェルディナンドは続ける。


「そして、裁くために必要な力も、もちろん健在なはずだなぁ。だとしたら、神出鬼没の裁き人が、わざわざ左回りの順繰りの、効率重視の道筋を辿ると思うかぁ?」


 裁き人は、その力を使えば、ヴェイルの西端から東端まで、瞬時に移動することが可能であろう。それをしないのは、できないからだというのが、メルエスの言うところの推論であった。


「でも、裁き人がそう見せかけているだけかもしれない」


 状況を見れば、彼らが裁き人である可能性は低まっている。しかし、シャルロッテはあくまでも冷静であった。


「逆に聞くけどさぁ、裁き人が人間のような動きをしながら、かつ自分たちは裁き人であると喧伝して、ことさらに印象づけようとすることの合理的説明、できんの?」


「……嫌な言い方」


 勝ち誇ったような顔のフェルディナンドは、ヒカルとメルエスから向けられた苦笑いを、全く意に介していないようである。ぶれることを知らない彼からすれば、裁き人を語る者のぶれ、不安定さは、違和感を抱かざるを得ないのであろうか。


「じゃあ、敵は裁き人じゃなくて、ただの人間……?」


 相手にすべきなのは、あの人智を超えた怪物ではない。その事実に、ヒカルは、未来への若干の希望を抱きかけた。その感情の機微を瞬時に見て取ったメルエスは、たしなめるように言葉を紡ぐ。


「お気をつけください。相手が裁き人ではないとはいえ、我々でも感知できぬ手段でもって、人を連れ去っていることは、紛うことなき真実でございます。くれぐれも、無理はなさらぬよう……」


「……無理しないと、あいつらとは戦えないから」


 決意の言葉をぽつりと呟いて、席を立つシャルロッテ。必要な情報は集まった。裁き人を語る人間たちの進路は、おおよそ把握可能だ。難しい戦いだろうが、彼の言う通り、全力を振り絞っていけば、必ずや倒せる相手であるはずだ。


「そうですか……。希望的観測は、あまり言わぬ方がよいとは思うのですが、奴らが戦闘を起こしたという話は聞いていません。奴らは裁き人を語り、連れ去ることに特化しているのかもしれません。……何せ、効率重視の連中ですから」


メルエスのその言葉は、未知の敵と戦おうとしているヒカルたちにとって、若干の勇気を与えてくれるものであった。



「じゃあ、ありがとさん。それ、一言一句漏らさず、しっかり役立ててくれよ?」


「はい、お三方とも、無事を祈っております……」


 メルエスの慮りの言葉で、会談は締めくくられた。

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