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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第三章・虚妄編
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耳聡い曲者

「そんな訳で、俺たちはひたすらに西を目指す」


 翌朝、ユドゥマーレの南端にある、クィレルマニエの凱旋門の下に、ヒカルは集められた。よれた軍服を引きずる姿は相変わらずのフェルディナンドは、開口一番、舞台俳優のように芝居がかった動作で、西方を指差した。


「それで、アトラスさんは……」


「うわっ、ヒカル氏が逆光で見えないぃ」


 振り返って、わざとらしい素振りで目を背けるフェルディナンド、茶化すなという意味を込めて、ヒカルが睨みつけると、彼は困ったような顔でため息をついた。


「まぁ、後発隊の編成のために残すんだから、しゃあねぇわなぁ。だから、俺たちいわば斥候兵」


「斥候でも何でもいいけど、これで大丈夫なのか……?」


 シャルロッテは、いざ一歩を踏み出そうとして、不安になったのか、それとも同行するのが、この頼りない参謀であるということに怯えたのかは分からないが、腕を組んだり解いたりと、落ち着かない様子である。そんな彼に、フェルディナンドは取り直すように声をかける。


「大丈夫大丈夫、そんな深入りはしないし、後ろにはワルハラ、ヴェイルの陸軍が控えてるから、サ」


 ヒカルやアトラスが聞いたように、裁き人を名乗る者の被害は、戦争によるものと比べると、やはり少ない。しかし彼らの暗躍が、戦争によるものと同等の精神的不安定をもたらすのも事実であるし、それを討伐することが、戦争の長期化に耐え得る手段の一つであることも、自明である。


 その裏で、ヒカルを利用し、あわよくば自分たちの傘下に加えてしまいたいという、ヴェイル側の希望があるのだが、もちろんヒカルに、それを知る由はない。



「さてと、こんなボロ馬車でごめんなさいね。馬車は粗方供出したらしくて……。でもまぁ、何せ斥候ですから、目立たない方がいいかなぁ、なんて」


「こんなボロじゃ、逆に怪しいだろ……」


「まぁまぁ、ほんの一時的なものだし、我慢してさ」


 立派な門に横づけされるにしては、いささか風格が足りないように感じる、塗装の剥げて、木目の見えてしまっている馬車に乗り込んだヒカルは、得もいわれぬ窮屈さを感じた。扉に刀がつかえる位の設計であるから、三人乗れば、何もない空間がない、という風だ。西に向かう街道の、小さな石の一つ一つを丁寧に捉えては、がくんと跳ね上がる、居心地の悪いものであった。


「シャルロッテ……、さんは平気?」


「平気。……あと、さんづけはやめろ」


 冷たい口調で、心配の一言が跳ね返される。或いは本当に、心配などいらないのかもしれないが。だが確かに、小一時間程揺られていると、そこまで気になることもなくなってきたかもしれない。


「それでこの後、エルはどこ行くんだ?」


 シャルロッテの問いかけに、フェルディナンドは頭を掻きながら、窓の外を眺めた。ヒカルもそちらの方向をうかがうと、遠くに青く霞む、町の影が見えた。


「まぁ、どの道コイツの情報じゃ、大したことは掴めないんだしよぉ、ヴェイル西部を管轄する、商人ギルドを当たってみることにするわ。……知り合いの商人がいてさ、ついこの間も、色々情報を教えて貰ったんでねぇ」


 やがて、町の全景が見えてきた。精巧な石組みの見事な、ヴェイル第二の商業都市、シャラストアである。



 シャラストア、古くから、商人の交易の中心地として栄えた町。そのために、大商人たちはこの町を拠点として、商いの手を広げてきた。膨れ上がった彼らの権力は、いつしか、この町を統べるはずの人間のそれを凌駕しており、今では、十六のギルドの長によって、この町の全てが管理されている。そんな町である。


 馬車が止まったのは、ひときわ歴史を感じさせる、重厚な石煉瓦で覆われた建物の前。掲げられた旗には、メルエス・メルクリウスの文字。これはつまり、この建物を拠点とするギルドの長の名であろう。


 馬車からゆっくりと降りながら、フェルディナンドは、同行する二人に対し、嬉々として語る。


「商人は、どれだけ危険な状況でも、商機ありと見ればすかさず動く。その情報網は馬鹿にならない、とても耳が聡い……。ただし……」


「対価を示さないと、協力してくれる訳もない」


 間髪を入れずに受け応えるシャルロッテに、青年はヘラヘラとした笑いで、満足げに頷いた。彼らにとっては命の次に、場合によってはそれ以上に大事な、商機に関わる情報を、そう簡単には渡してくれないだろう。


「だから、俺だって情報を持ってきた。等価交換だ」


 青年参謀は、懐から抜き取った封筒を右手にし、空いた左手で、廊下の奥の扉を叩いた。それに応えた男と、扉越しに二言三言交わして、三人は部屋に入っていく。



「いやぁ、いらっしゃい。ようこそ、お越しくださいましたぁ!!」


 メルエスは、やけに人が良さそうな、初老の男であった。白髪の多くなった黒髪を撫でつけた、片眼鏡の男。その出で立ちに、シャラストアの中でも有数の豪商としての威厳は感じられない。ただ、軟派なフェルディナンドや、怪しい風体のヒカルやシャルロッテに対しても、態度を変えている様子のないところは、彼の器の大きさを示しているようであった。


「早速ですがぁ、メルエスさぁん。アンタの情報を買いたいんでねぇ、ちょいと話し合いましょうやぁ」


「はははっ。ヴィッテ将軍、また何か企みですかな?」


「ふははっ、違ぇねぇですわ。……さぁ、よろしくお願いしますよ」


 細くなった二人の目に、不意に鋭い光が射し込む。かくして、曲者同士の交渉が幕を開けた。

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