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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第三章・虚妄編
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栄耀栄華

 夜明け。東向きの窓から陽光が差し込み、部屋の壁を丸く切り取る。射線がぼんやりと白んで、微細な埃が舞っているのが分かる。


(朝だ……)


 何やらふわふわとした感じだ、寝台からヒカルが立ち上がると、床が揺れるような感覚に襲われた。倒れそうになったヒカルは、扉の脇に据えつけられた手すりを咄嗟に掴む。


(おっと……、荒れてるな、海)


 果たして、ヒカルの討伐への参加は、辛くも認められた。そうして彼は、ヴェイル王国へと向かう船に乗り込み、そこで一夜を明かしたのである。ヒカルがワルハラに来た時に乗っていた船と比べて、一回り小さなそれは、海の激しい波も相まって、かなり揺れるように感じられた。


 ヒカルは、窓から差し込んでくる日光が、ぶつぶつと途切れているのを見て、密かに感心した。乗組員たちが、この揺れに影響されず、忙しく動き回っている証左であった。流石に海の男といったところであろうか。


「失礼するぞ」


 硬質の扉をノックして入ってきたのは、アトラスだった。屈強な男の顔色が、少し悪いように感じるのは、彼が生粋の陸軍人で、海に慣れていないからであろうか。まさか、これから起こるであろう、裁き人の係累との戦いを、恐れている訳ではあるまい。


「もうそろそろヴェイルに到着するはずだ……、下船の準備をしておくように」


 それだけ言うと、アトラスは、背を丸くしながら、そろそろと歩いて、士官室(キャビン)の奥にいってしまった。彼の去った扉の窓から、外の様子をうかがうと、遠くに青黒くぼやけた陸地が見えた。それこそ、ヴェイル王国の国土なのだろう。



 ヴェイル王国は、ワルハラとはまた異なった雰囲気を持つ国であった。ワルハラの街並みが、冬季の雪に耐え得るような、重厚感溢れる建物群で構成されているとしたらば、ヴェイルの街並みは、落ち着いた風合の装飾が随所に施された、壮麗というにふさわしいものであった。


 道を行く人々も、その温暖な気候故か、冬の頭であるのにも関わらず、機能の一切を無視したような、華美な風俗を見に纏って闊歩している。肩を震わせながら、露出した腕を擦るという、なんともちぐはぐな景が、ヒカルの目に飛び込んできた。


「上着、着ないんですね」


「ヴェイルの国民性だ。栄耀栄華、奢侈を極めんとする……。ワルハラとは正反対だな」


 そう言いながら、見下したような表情で通行人を眺めるアトラス。何かしらの複雑な感情を察知したヒカルだったが、特に指摘するようなことはしなかった。人の過去に何かがあったらば、それを掘り起こすようなことはしたくなかったし、何より、このアトラスという男との関係が切れてしまったら、ヒカルはヴェイルの土地で露頭に迷うこととなってしまうからだ。


「それで、今は自分たちはどこへ向かっているんですか?」


「とりあえず、陸軍省と参謀本部を訪ねようと思っている。作戦についての詳しいことは、どうやらヴェイルに任されているということでな。おかげで、まだワルハラ軍本隊は、本国で待ちぼうけよ……」


 アトラスがまっすぐ指差した小高い岡の上には、赤い焼成レンガと、ひときわ豪華な装飾によって構成された、巨大な建物があった。



「んん、アンタが派遣されてきたアトラス氏ぃ?」


 さて、庁舎へと続く道すがら、最初の門を通ろうとした時、その門の壁に寄りかかるようにして腰かけていた男が、突然、声をかけてきた。


「いかにもそうだが、貴方が使者の方かな?」


「そだよ。俺ぁヴィッテ、フェルディナンド・ヴィッテだ。参謀本部の下っ端だぁね。今回の件の調整、色々と任されててさぁ。……まぁ、よろしく頼んますよぉ。へへっ」


 ヒカルは、気の抜けた調子で、ヘラヘラと笑いながら応対する、このフェルディナンドという男を、訝しげに観察した。ゆるりと垂れた目は優しそうだが、服は着崩れて、靴はよれている。なんともだらしがない印象である。


「それで、そっちの子供は? アンタん息子け?」


 アトラスは、口の端をもごつかせて、何となく居心地の悪そうな顔で首を振って、ヒカルの方を見た。自己紹介は自分でしろということなのだろう。


「俺は、ヒカルといいます。失踪事件の調査のためにワルハラに来たんですが……」


「あぁ、アトラス氏が言ってたなぁ……。なんかやらかして、汚名返上のための手柄ぁ立てにきたっていうのが、ヒカル氏ね。把握把握」


 そこまでを、気の抜けた調子で言い切ったフェルディナンドは、再び、ヘラヘラとした笑いを浮かべた。ヒカルは、この軍人に対し、心の奥底で静かに呆れていた。


「あの、それより……、早く案内して欲しいのだがな……」


 アトラスが、怒りを表に出さないように注意しながら、フェルディナンドに呼びかけると、彼は、同じ笑顔の表情のまま、さっさと歩きだしていってしまった。まるで、アトラスの憤慨など、意に介していないかのようである。


「どういうことなんだ、あれがヴェイルの参謀か……。なるほど、シレヌムに勝てぬ訳だ」


 納得したように語るアトラスは、大股でフェルディナンドの後を追いかけていった。

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