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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第三章・虚妄編
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帰還

 ワルハラ帝国の首都、ゲレインは、以前の活気とは比べ物にならぬ程に沈んだ雰囲気を纏って、列車を降りたヒカルを出迎えた。昼時であるというのに、人は多くはない。中には、閉まっている店さえある。


「ヒカル様、お迎えに上がりました」


 駅に横づけされた馬車の上から、誰かが声をかけてくる。皇帝、イヴァンに仕える執事長、カスパーであった。眠たげな目を擦りながら、馬車に乗るように促してくる。


「あぁ、カスパーさん……。一体、何があったんですか……?」


 火の消えたような町の様子は、誰の目からも明らかである。カスパーは、しばらく押し黙っていたが、やがて意を決したように口を開いた。


「……前線での大敗と、それに伴う人事異動は、ヒカル様もご存知でしょう。新しい陸軍参謀総長には、元副総長のミカエラ・アレクセイエヴァ侯爵様が就任なさりました」


 ワルハラ、プロメタイ、ヴェイルの三国はいずれも、シレヌムを中心とする中央同盟に敗れた。しかし、シレヌムもまた、期待していた程の結果は得られていなかったのだ。攻勢の第一波の通過に耐え抜き、尚も次の攻勢に備えていた三国は、一転防衛に転じたシレヌムに出し抜かれた形となっていた。


 陣地に立て籠る敵を攻めるためには、数倍の兵量が必要となる。そして、現在のワルハラには、攻勢のための兵士が残っていなかった。


 参謀総長、ミカエラは、シレヌムに対抗して防衛態勢を整えた。故に、戦線は膠着。現在まで睨み合いが続いているという。


「軍需物資の需要が減って、経済も下向きました。それに加えて、先の黒魔術の事件がありましたから、ゲレインが物流網の本流から外れてしまったのです」


 ヒカルは、そういうことかと頷いた。王都ゲレインは、政権転覆を狙う人間の標的となりかねない。もし、以前のままの状態でゲレインが陥落すれば、前線に運ばれるはずの物資が届かなくなりかねないのだ。


「あの、それで……、アテナ様は……」


 カスパーが、不安げに振り向いたことで、ヒカルは黙考から引き戻された。思えばこの黙考も、現実から逃げるためのものだったのかもしれない。



 列車の中で、突如として倒れたアテナは、急遽派遣された飛龍によって、先んじてゲレインへと運ばれていった。


「迂闊でした……、俺が気づけなかったばっかりに……」


 ヒカルは知らなかった、カリスとの戦いで汚された大気が、少女にとってどれ程危険であったのかを。いや、黒魔術の残留マナが人体に有害なのは、死霊使いの黒魔術師との戦いの中で知っていたはずであり、それを浴びていたという条件は、ヒカルもアテナも同じであるはずだった。ただ、ヒカルはマナに対して鈍感で、アテナは敏感であった。それだけである。


「それなのに、俺は何もできなかった。……何で、何でこんなことに……。守るって、言ったのに……」


 戦いの直後から、彼女の様子はおかしかったと、今更ながらにヒカルは思い返していた。無理を重ねていたために、慣れない列車に揺られる内に限界がきたのだろうと、ヒカルは考えていた。


「ヒカル様、あまり自分をお責めにならないでください……」


「…………。はい……」


 仕方がなかったとはいえ、納得は、していない。カスパーは、ヒカルの言葉から、それをはっきりと感じ取った。


「今、アテナはどこに……?」


「アテナ様は……、帝国立病院の、魔術医療棟で治療を受けていらっしゃるはずです」


 カスパーの眺める方向には、赤い煉瓦の外壁が特徴の、帝国立病院がそびえている。――ヒカルはかつて、アテナと共にあの病院を訪れ、自分たちの行いを振り返り、そして決意を新たにしたのだ。しかし、そのアテナが入院を余儀なくされるとは、何という皮肉であろうか。或いは、生半可な覚悟しか持ち合わせていなかったヒカルたちへの、罰が降ったと考えるべきか。


「これから、陛下と面会するんですよね?」


 カスパーは、石畳の道を見ながら、小さく頷いた。恐らくイヴァンは、自分を見限るだろうと、ヒカルは考えていた。アテナは、彼にとっては金剛石の原石である。少なくとも、魔法に適正があるだけ、自分より重きを置かれるはずである。それに大きな傷をつけかねない男を、側に置いておく訳もないだろう。ならば、最後にやらねばならないことがある。


「その後で、病院に行ってもいいですか?」


「それは…………、いえ、構わないでしょう」


 これが、アテナとの今生の別れとなるのならば、ヒカルにも伝えねばならないことがある。それまでは、ワルハラにいても構わないだろう。何、調査は故郷にいてもできないこともあるまい、とヒカルは考えていた。


 迷いと、慮りと、固い決意を載せて、馬車は大路をひた走る。



「見つけましたよ、ヒカル君。しかし、東奔西走してますね、彼も」


 王都の中央を貫く道を、王宮に向かって遡上する馬車を、屋根の上から観察する人間がいる。ヒカルの送還を企図する、黒服の人間たちである。それも、サーマンダを訪れていた二人とはまた別の二人組である。青みがかった薄墨色の髪の若い男が、濃い髭を蓄えた、精悍な顔つきの男に、そう声をかける。


「かの若人、げに健気なり。ただに連れ帰るは甚だあぢきなし」


「あぁ、貴方もそういう考えなんですか……。とはいえ、命令ですからね、やらない訳には……」


「諾。今はただ、機を待つのみ」


 精悍な男は、そう言うなり、馬車一点を見つめながら黙りこくってしまった。

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