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終末のアラカルト  作者: 大地凛
断章
114/231

変奏曲

 少女は、自分が悪いということは分かっていた。母親の体の具合が思わしくないというのは、幼い少女の目にも明らかであったのに、あの夜の習慣を、止めることができなかったのだ。そして今も、少女は母親の病床を訪れている。この習慣を続ける限りは、母親は生きていられるのではないかと、少女は考えていた。



「お母様、大丈夫……?」


 広い部屋の中、白い寝台に、少女の母親が横たわっている。この数ヶ月の間に、母親はひどく痩せこけてしまった。元の柔らかな表情は失われ、代わりに日々濃くなっていく死の影に対する恐怖が、強く貼りついている。それでも彼女は、娘の来訪に気づくと、目を細めて笑顔を作ってみせた。


「えぇ……、今日は落ち着いてるみたい。……ごめんね、本当はいつもこうやって会いたいのだけれど……」


 少女は知っている。母親はこの数日、激しい発作によって命の危険に晒されていたのだということを。今、こうして娘と話していられるのも、彼女が小康状態にあるからに過ぎないということを。


 だから、少女もまた、笑顔を作る。幼いながらに、少女は聡明であった。



 天使さんは考えました。悪い人も善い人も、同じ人なのだ。その人が世界のどこに生まれたかが、違いを生むのだと。なら、世界を創り変えてしまおう。天使さんはそう決めました。


 でも、寝坊助の神様は、天使さんのしようとしていることに、とっても怒りました。山を創ったり、海を創るのは、神様のお仕事だったからです。


 神様がいくら言っても、天使さんは言うことを聞いてくれません。仕方がないので、神様は天使さんを止めるため、戦うことにしました。


 戦いはずっとずぅっと、続きました。そして神様は、終に天使さんを止めることができませんでした。世界は天使さんが願ったように、悪い人も悪い場所もない、皆が平等に暮らせる、平和な場所になりました――。



「おしまい……?」


 少女の不思議そうな声に、母親はゆっくりと頷いた。そう、この話はこれでおしまい。何の教訓も与えない古い童話が、この少女にとっては納得がいかないものだということは、母親からしても容易に想像がついた。自分もまた、そうであったからだ。


「お母様、私たちの暮らす国には、悪い人もいるよ。天使さんが、せっかくいい世界にしたのに……」


「そうね……。いくら世界が変わっても、悪い人はなくならないのよ」


 人の欲望は、止まることを知らない。渇望しても、一度その段階に到達してしまえば、さらにもう一段、上のものが欲しくなる。善い人ばかりの世界でも、必ず誰かが、良心に漬け込もうという気を起こす。それは人の摂理であり、習性であり、人を人たらしめる本質である。


「だから、これだけは忘れないで。例え、貴女の周りに悪い人が溢れ返ってしまっても、きっと誰か、心の清い人がいるはず。だから貴女は……、悪い心に負けないでね…………」



 これが、少女と母親の交す最後の言葉になるとは、この時の幼子はまだ、知る由もなかったのであった。

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