弔い合戦
城門から出てきた大魔導師たちは、避難していた人々の目線を、一身に受けた。巨大な不安の中の、一縷の望みに縋ろうとする彼らの眼差しは、恐らくすぐに暗転するだろう。虚しい期待である。
「……アレキサンドラ様は、薨去なされました」
大魔導師、アルジェンタがはっきりとそう述べたことで、人々は、一挙に絶望の中へと押し込まれた。咽び泣き、膝を折り、未来への不安と過去の後悔が交錯する。その多くの内の一人、門番であろう人物が、腰の剣を抜いた。
「ちょ、ちょっと……、何……、どうする、つもりです……?」
フルールの問いかけの答えは、分かり切ったことだった。殉死である。
「言われるがままに逃げ、領主様がお隠れになられるのを、止められなかった……。せめてその死に殉ずることをお許しください……」
苦しげな声に、シレーヌは首を振った。
「許す訳ない。せっかく助かった命、みすみす捨てるなんて、莫迦らしい」
強い語調でそう述べるシレーヌ。生き恥を晒す自分を止めて、何になるのだ、と泣き崩れる彼に、フォラムが声をかける。
「ここにいる皆は、御婆様、公女アレキサンドラに救われたのです。これよりの自死は、その温情にもとる行為である。私はそう思います」
そう、アレキサンドラの最期の願いは、皆が無事でいること、である。最後の戦いの場にフルールたちがいたらば、もしかしたらアレキサンドラは生き残ることができたかもしれない。それにも関わらず、彼女は一人で戦いを挑み、相打ちとなった。思えば、転移魔法を使った時点で、彼女の心の内は明らかであった。
「弔いは、サーマンダ復興をもって換えなさい。それが、生き残った貴方たちの使命なのだわ」
こうして人々は、瓦礫よりも重いそれを、心に背負った。その重さは、自死を選ばんとした者の腕に、強くのしかかる抑止力として働くものでもあった。救われた未来に、希望を見ずに何を見るか。過ぎ去った過去に固執して、一体何を得られるのか。穢土の内に生きる者が、もがき、苦しみ、その果てに何某かを掴み取ることこそが、生きる意義として最も尊いものなのではないか。
人々は、ここに一致団結して、この艱難に立ち向かうことを誓った。瓦礫の山から、生活を取り戻す新たな戦いが、この瞬間、始まったのだった。
「やぁ。待たせてごめんね」
サーマンダ公国の城壁内は、事件が起こる前以上に賑やかな人の声で溢れている。まだ、人々の顔に笑顔の火はない。それを再び燈すことこそが、彼らの目標であった。いそいそと動く人影を、城門から眺めていたヒカルとアテナに、アルジェンタが声をかけてきた。
「いいえ、大丈夫です。……あの、アレキサンドラさんは……」
ヒカルの探るような言葉に、アルジェンタは弱々しい笑みを浮かべた。いつもの飄々とした笑いではない、穴の空いた部分を誤魔化すための作り笑いだ。その喪失感は、埋めようと思っても埋まらないものである。
「君たちには、謝らなきゃならない。……黎明の書は、戦いの中で永遠に失われてしまった」
「やっぱり……」
そう言って俯くアルジェンタ、だが、ヒカルもアテナも、それは予想できていた。いや、むしろ戦いの渦の中心になるような書は、焼かれた方がよかったのだろう。
「あれは、禁書だったからね。その内容は、僕たち大魔導師でも知らない。せっかく、失踪事件の解決の手がかりになるかもしれなかったのに……」
「アルジェンタさん、その……、どうして黎明の書が、事件解決の鍵になるのか、それについてはご存知ですか?」
アテナの問いかけに、アルジェンタは中空を見つめて、記憶の箱の奥の方を探る。長考の末に、彼女は言いづらそうに口ごもりながら、その可能性を伝えた。
「君たちは、見たよね……。ゲレインの事件の最後に現れた、金色の怪物を……」
そう、ヒカルもアテナも、その人物については気になっていた。しかし、その禍々しい気配故か、誰もそれについてを語ろうとしなかった。黎明の書とは、また異なった種の禁忌として扱われていたのだ。
「あれが、失踪事件の手がかり……?」
アルジェンタは、ひどく周りを気にしていた。まるで、今の話を、それに聞かれるのを恐れるかのような素振りであった。
「僕からは、多くは語れない。……ただ一つ、覚えていてほしい。『裁き人』……。それがあの怪物の二つ名だ……」
確か、それに遭遇したイヴァンも、同じようなことを口走っていたような気がする。ヒカルはアルジェンタの紡ぐ言葉を聞きながら、あの黄昏の景を思い返していた。突如として現れたそれは、一瞬の内に術士、サミジンを金の粒へと変え、そして消えた。
「あれが、失踪事件と何の関係が……」
ヒカルの言葉に、アルジェンタはますます、不安の色を濃くした。そうして、ゆっくりと言葉を選びながら、訥々と語っていく。
「全てが、とは言わないが……。根本の部分、最も厄介な失踪事件は、裁き人によるものなんだ……。君たちがもし、事件を根絶したいと望むなら、歴史と共に歩んできた、人智を超えた怪物たちを、相手にしなくちゃならない。……それだけは、伝えておかなくちゃならないんだ……」
アルジェンタは、そう言い切って、ため息をついた。ここまで言っても、この二人の意志は揺らがないだろう。いや、こう聞かされただけで考えを変える位なら、この場にはいなかっただろう。
しかし、それを相手にして、今回のように運良く生き残る、或いは生かされるとは、アルジェンタには到底思えなかった。もし、二人が謎を突き詰めていく内に、すべからくそれと邂逅する時があるとするならば、できる限り遅くあってくれ、と願うより他はなかった。