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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第二章・魔術編
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醜き美学の申し子たち

 フルールの目線の先に、白く長い髪が踊る。建物の影から顔を出したのは、カリスによって誘拐された少女、ブランカだった。一体どうして彼女がここにいるのか、アンリの束縛から逃げ出してきたのか。


「…………、ブランカ、なの……?」


 混乱するフルールに、ブランカは力強く首を縦に振った。そして、さらに驚くべきことに、彼女はもう一人、そこにいるはずのない人間を連れていたのだ。


「まさか……」


 路地から、ブランカに手を引かれて顔を出した人物。それは紛れもなく、彼女の双子の姉、ノアーラであった。姿形も、魔力組成も、フルールがあの古城で見た双子と、まったく同じであった。


 ――おかしい。あのアンリが、みすみす脱走を許すとは思えない。


「アンリの気配は……?」


 自分よりマナに敏感なエレフィアに、不本意ながら、そう尋ねるフルール。しかし、結果は同じであった。


「いや、いない。ある程度の距離まで近づけば気づくけど、少なくともこの辺りにはいない」


 ともすれば、本当に、命からがら逃げてきたというのか。どうしてを問う暇はない、カリスにつけ狙われる彼女たちは、自分が保護しなくてはならない。フルールはそう考えて、エレフィアを連れて歩き出した。


「……フルールさん! やっぱり、何かおかしいですよ!!」


「で……、でも……」


 この状況の違和感に、たまらず発せられたアテナの声に、気持が揺らいで、振り返るフルール。それを待っていたといわんばかりに、双子は袖口から魔杖を取り出した。そのまま双子は、まるで昔からそうしてきたかのように、異口同音に呪文を唱え、目の前の木の大魔導師と、その背中のエレフィアに狙いを定める。


「『不知火(シャンミィホゥ)』!!」


 杖から放たれる、いくつもの青白い火球は、不規則に揺れながら、かなりの速度でフルールへと距離を詰めていく。光の尾を引きながら、その先頭を走る二つの火球が、フルールと彼女が引き連れるエレフィアに狙いを絞った。


守衛せ(ディフェンシ)……、うぅッ!!」


 防御魔法によって出現した盾も、避けられてしまえば意味がない。真っ先に飛んできた火球の被弾を皮切りに、体勢を崩した二人を、次々と第二、第三の火球が襲う。そのマナ組成から判断するに、強力な火属性の攻撃。フルールには圧倒的に不利である。


「ねぇねぇノアーラ、私たちの魔法で、フルールさん焼け死んじゃうよ」


「そぅねぇブランカ、大魔導師も峻谷の賢者も、大したことはないわね」


 同じ調子、同じ声で、双子は歌うようにそう語る。目の前で猛火に苦しむ二人の魔道士を、まるで喜劇を見るかの如くに楽しんでいるような様子に、フルールは巨大な恐れを抱いた。ゆっくりと、探るように双子の妹に問いかける。


「ブランカ、一体どうしちゃったっていうの……? 私を……、騙してたの…………!?」


 双子は、鈴のような声で笑った。嘲笑に近い笑い声であった。


「そうよ、ブザマなお姉さん。私の演技に騙されて、わざわざサーマンダを混乱させてくれて、ありがとねぇ」


「残念だけど、もう“ブランカ”も“ノアーラ”も、この世にいないの。今の私たちは、人格に上書きされた魔法具だもの」


 そう述べ立てては、また高い声で笑う二人。フルールは、自身の命運が、燃え盛る炎によって焼き切られていくのを感じていた。


そう、全てはアンリの計画だった。捉えたフルールをただ使い潰すというのは、彼にいわせてみれば、美しくない、彼の美学には反していたのだ。そこで彼はちょっとした芝居を打つことにした。サーマンダ公国の人間たちに、黎明の書が狙われていると信じ込ませて、住民を避難させることで、効率よく魔力を集めるための芝居――。フルールが捕らえられた時には既に、“ブランカ”と“ノアーラ”という人格は、遥か遠くに行ってしまっていた。残されていたのは、アンリの意のままに動く抜け殻、のはずであった。


 しかし、どうした訳か、この二人はアンリの掌からこぼれ落ちてきたのだ。アンリの凶暴性、攻撃性の乗り移った結果であるのかもしれない。また或いは、彼女たちの中に残された一粒の赤心が、無意識の内にアンリに対する抵抗を行ったのかもしれない。


 それにしても、である。つい先日までこのサーマンダ公国で暮らしていたはずのブランカの変貌に、アテナもフルールも、背筋が凍るのを感じた。黒魔術の強力な魔法が、少女を、何か別のものに変えてしまったのだという恐怖が、身体中を駆け巡った。


「……『守衛せよ(ディフェンシオ)』!!」


 しかし、だからといってアテナたちは戦うことを拒むことはできない。二人を見殺しにはできないし、そのフルールたちが倒れれば、次に攻撃の標的となるのはアテナ自身なのだ。狙いを定めてアテナが投じた三枚の盾は、一つはフルールの前面に、一つはエレフィアの前面に、そして最後の一つは、二人とアテナの間、退路を確保する位置に展開される。強力な術士の二人ならば、攻撃をかわして逃げることが可能だと信じたアテナの、渾身の策だった。


「あはは、すごいすごい! お姉さん切れ者だね!」


「うふふ、上手上手! でも工夫が足りないかな?」


 三つの盾を見た双子は、即座にアテナの意図を読み取ったらしい。笑みの貼りついた顔で、二人同時に杖を振る。新たに生成された魔弾は、退路を守る第三の盾を打ち砕こうと、弾幕を張ったかの如くに切れ目なく襲いかかる。アテナの絶え間ない魔力供給も、まったく追いつかない程に。


 盾にひびが入った感覚が、マナを伝ってアテナに届く。まずい、この張り詰めた状況で、新たに盾を出せば、均衡が崩れる。そうなれば、立ちどころに火球の餌食となるだろう。かといって、アテナの防御魔法では、火球の群れをいなし切ることはできない。フルールとエレフィアが隙を見て脱出し、攻撃に転じれば、戦況は自分たちに傾くというのに……。アテナは激しい攻撃の中で小さくなった二人を、歯痒く見守っていた。



「……誰の工夫が足りてないって? 彼女、十分工夫してたよ」


 突如として響く声に合わせて、火の海と化した道から、火球を全て吹き飛ばす程の衝撃波が放たれる。アテナも双子も、巻き起こる風に目を細めては、理解が追いつかないまま、その爆心を注視する。果たして、そこから現れたのは、乳白の髪の獣人魔道士、エレフィアであった。舌なめずりをした彼女は、自らの杖を構え直した。


「よくもまぁ、好き放題やってくれたね……。保護者(アンリ)に伝えといてくれない? 双子の躾がなってない。まぁもっとも、伝えられれば、の話だけど……」


 そこに立っていたのは、大魔導師をも凌駕する強大な魔力を有した、『峻谷の賢者』であった。怪我をしていることなど、微塵も感じさせない威厳と、一流の魔道士としての風格は、なるほど、サーマンダ公国を脅かしかねないと、谷に打ち棄てられるのも頷ける。


「あれだけ消耗していたのに、どうやって!?」


「私たちの魔法で死ぬはずなのに、なんで!!」


 不敵な笑みを浮かべるエレフィアは、憤怒する双子に、指を立てて言った。


「君たちの工夫が、足りてなかったんじゃない?」

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