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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第二章・魔術編
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三択

 人を殺めるという行為をできるのは、相当に厳しい人間か、はたまた狂人か。そうでなくては、遠い慮りの末に手を下す、相当に優しい人間か、であろうか。アンリは、自身を厳しい人間という条件に当てはめようとは思っていない。紛うことなき狂人であるのだと、自覚していた。


(そうでなくては、このような所業をできる訳がないだろう)


 カリスの首領、アンリが飛龍から見下ろすサーマンダ市街は、地獄の如き惨状であった。白兵戦にもつれ込んで後は、敵も味方も折り重なって、皆等しく魔力を献上している。


「まぁ、少しでも魔力は温存せねばな。儀式の途中で魔力が尽きれば、私が八つ裂きになるのだから……」


 そう言いながら、アンリは笑みを浮かべる。側に侍る部下の、まるで怪物を見るかのような目線も、彼には気にならなかった。むしろ、心地よいとまで感じていた。


(そうだ、私は怪物だ。人史に仇なす狂信者だ……。だがどうだ、死屍累々、望んだ景色じゃないか。闇の裁き人の光臨にふさわしい舞台……。あぁ、美しい……。果てしなく美しく、醜い……)


 骨と肉と、垂れ流される体液と、立ち上る煙と魔力の総和。血なまぐさい臭気と火薬の余臭が肺を満たせば、たまらなく気分が悪くなる。或いはそれが、人の『生』を絞り出した結果なのだと、アンリは魔導書を捲りながら考えていた。


(この景色を、地平の果てまで、遍く広げるのが、貴方の目的なんでしょう……?)


 アンリの魔導書を捲る手が止まる、それは、黒魔術における外法中の外法の記述であった。必要なのは、複雑な術式と大量のマナ。そして依代となる双子である。


(白と黒、相反する二つの概念、しかしてそこから生み出されるのは、清濁併せ持つ絶対者……)



「大変です!!」


 アンリに背後から声をかけた部下は、振り返った男の、冷たい眼差しに震え上がった。自分は今、龍の尾を踏んだのだということを理解した時には、既に部下の身体は宙に浮かび上がっていた。


「私の観想を阻害するとはいい度胸だな……、さて、何をもってお前は声をかけた?」


 胸ぐらを掴みあげる細身の男の、一体どこにそんな力があるのか、部下は歯の根が合わぬという様子であったが、やっとの思いで伝達事項を訥々と述べていく。


「あ、あぁ、あの……、双子が、逃げました……」


 そう言い終わるか、言い終わらぬかの内に、部下は飛龍から投げ出されていた。アンリが後続の飛龍を確認すると、確かに、連れてきていた双子がいない。同乗していた部下たちが、皆倒れ伏しているところを見るに、手段はどうあれ、力ずくで逃亡したことは確かであった。


「嘘だ……。何故逃げた、どうやって私の術を解いたのだ!!」


 怒りで我を忘れて叫ぶアンリの声は、言葉を解さない飛龍をも動転させた。



「あ……、アテナ、さん……」


「フルールさん!! 大丈夫でしたか?」


 さて一方、地上では、いくらかの部隊を相手にしていたアテナとフルールが合流していた。アテナの心配もよそに、フルールは当たり前だといわんばかりに頬を膨らませる。その様子を見ては、ころころと笑い声を上げているのは、フルールが連れている魔道士、エレフィアであった。


「あははは……、すっ転げて泣きべそかいて、私に助けられたのにかい?」


「……この女郎(めろう)、叩き落としますよ……?」


「何でそんな厳しいの? 可愛くないなぁ」


 そう言いながら、尚も笑うエレフィア。この状況で笑っていられるのか、とアテナは、正直に感心した。実力に裏打ちされた余裕なのだろうか、それとも空元気か。いずれにしても、強い精神力の所為であろう。


「フルールさん、あの、さっきから住民の方の姿が見えないんですけど……。外郭に逃げたはずの皆さんはどこへ……?」


 アテナは、先程から気になっていたことを、フルールに問うてみた。大量の飛龍を操るカリスが攻撃をしかけ始めた時は、多くの住民がいたはずだが、今はカリスと戦う者以外の姿が見えない。まさかカリスによって、影すら残さずに消されてしまったのではあるまいか。或いは、積み上げられた瓦礫の下に埋もれてしまったのではないか。悪い想像が、彼女の脳裏に浮かんでは消えていくのを、何度も繰り返していたのだ。


 しかし、その心配はいらないという風に、フルールは微笑みかけた。


「それは、大丈夫……。シレーヌとジェームに、気配を遮断して森に避難させるよう、頼んだから……」


 無秩序に右往左往とするのみの民衆を、秩序立てて避難させる。救助の対象には、カリスの人間も含まれていた。いくらか魔力を失っても、サーマンダ近郊のマナの湧き出し口で治療をすれば、手遅れになることはない。敵味方を問わずに攻撃をしかけ、魔力を奪い取るアンリらに対抗しようとした結果が、アテナやヒカルの考えと合致したのである。


「目的は何にせよ、術式の規模が縮小した。これで魔力は足りなくなるだろうね。後はアンリを倒すだけかな」


 そう喜々として語るエレフィアは、自分が怪我を負っていることなど感じさせない程に、平調でそう語る。それだけ、感覚の制御が上手いということなのだろう。


「でも、どこにもいませんね。……だってカリスの指導者なんですよ、この城壁の中にいるなら、気づけてもいいはずなんですけど……」


 辺りを警戒しながら呟くアテナに、フルールもエレフィアも頷いた。いや、アンリは確かに上空にいる。ただ、その気配遮断が巧妙であるが故に、視認できないだけである。


「どちらにせよ……、アンリを見つけなきゃ……。アンリの術式から皆を逃がせたのはいいけど……、そうなった今、狙われるのは…………」


 間違いなく、城壁内部にいる、膨大な魔力を有した自分たちである。フルールは、あらゆる方向に目を凝らした。そこに不可視のアンリがいると思ったからだ。


 しかし――。



「あっ、フルールさん!」


 彼女の目に飛び込んできたのは、思いもよらぬ人物だった。

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