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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第二章・魔術編
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回れよ回転木馬

 お互いの信念をぶつけ合っていたヒカルとマルクは、突然、今まで戦っていたはずの男の放つ、巨大な気配が消えたことに驚いた。気配遮断の魔法を使われたのか、辺りを見回しても影すらない。


「ほら見ろ、これで分かんなくなっちゃった。攻めるも逃げるも自由自在だ」


 呆れたようにため息をつくマルク、だが確かにその通りだ。二人は共に魔法に疎いために、魔鉱石を砕いてマナを供給した上で、マナが拡散しない至近距離で魔法を使われれば、いくら城壁内のマナを制御していても、太刀打ちできない。ましてやカリスの首領、アンリが対抗術式を練っているために、それも完全な制御ではないのだ。刀の魔力のおかげで、マナを感知できるようになったヒカルも、それに対抗して、自分で魔法を使う段階には、まだ至っていなかった。


「マルクさん、優れた魔法使いなら、相手が魔法を使えるのかどうか、分かるはずですよね?」


 いきなりそう問われたマルクは、その問いの意味を掴みかねて、口を開けたまま固まってしまったが、その表情のまま、ゆっくりと頷いた。


「じゃあ、何であの男は、俺たちに魔法を使わなかったんでしょう……。刀剣じゃ防ぎ切れる訳ないのに」


「それは……、確かに何故なんだ……?」


「カリスの使っている銃弾も、マナの含まれていないものだっていうし、何か、魔法を避けるようにしてるみたいなんですよね」


 そう、マナの含まれぬ物品は、魔法によって制御ができず、非効率的であったため、魔法科学の発展と共に、時代遅れと切り捨てられていった歴史がある。それをわざわざ使う理由は、一体何だというのか。間違いなく一つには、魔法を得意とする大魔導師やアレキサンドラを出し抜くためというのもあるのだろうが、それならばより強力な魔法武器を揃えて、数と力で押し切ろうとするのが、彼らにとっての正攻法なのではないだろうか。


「もしかして……、無差別の爆撃は……」


 ヒカルの思考が、核心部に届きかけたその時、大気を割る甲高い音が、僅かに聞こえた。風か、いや違う。もっと恐ろしいものだ。


 ガツッ、と鈍い音がして、ヒカルの頭蓋を今に割らんとしていた剣が、空中で停止する。レギウスの攻撃を受け止めたのは、いち早く凶刃の襲来を感知した、マルクであった。


「ちっ、何故気づいた」


「野生の勘という他ないなぁ……」


 苦笑いで答えるマルクは、軽い口調で返しながらも、額からだらだらと汗を垂れ流す。一瞬の切り合いであれば、瞬発力に優れるマルクが有利だろう。レギウスの攻撃を防ぐことができたのも、一重にマルクの素早い行動のおかげである。だがしかし、一度鍔迫り合いともなれば、力に勝るレギウスが優勢となる。


 これが、姿を隠していたレギウスの狙いであった。突然の攻撃に対して反応できるのは、間違いなくより多くの経験を積んだマルクである。そしてレギウスの攻撃を受け止めてしまえば、彼はその状態から下手に逃げ出すことはできない。


 残されたヒカルが、レギウスに一太刀食わせればいいだけの話だ。だがこの少年には、人を切るだけの技量はあっても、実行する度胸はないと、レギウスは確信していた。レギウス自身に相対しても尚、峰打ちしか使わないのが、その証拠である。


 少年がレギウスを切らぬ限りは、マルクが解放されることはない。しかしその時は永遠に訪れず、二人は共倒れとなる。レギウスはそう想定していた。


 万が一、レギウスが切られることがあっても、その身体から溢れ出す膨大な魔力は、上空で姿を隠しながら術を練っているアンリの、即座に感知するところとなるはずである。彼にとっての右腕であるレギウスの横死は、アンリに届き得る力を有した人物の出現を、彼に知らせる狼煙として機能する。ともなれば、すぐさま彼は処置するだろう。どの道、この二人の剣士に逃げ場などない。


「ぬぅんッ……!!」


 レギウスが力を発すると、その身体からは黒魔術特有の、悪性のマナが放出される。それが余計に、マルクの体力を奪っていく。


「くそっ、ヒカル! 早く!!」


 じりじりと押されているマルクを前に、ヒカルは生まれて初めて、刀を構えること自体に恐怖を覚えた。今までは、老爺を始めとした強者を空恐ろしく感じることはあっても、戦うこと自体に怯えたことはなかった。むしろ刀を構えることは、彼に勇気を与えてくれていたのだ。


 しかし、今は怖い。切ることも、切られることも怖い。黒魔術の瘴気に当てられたという言い訳は、通用しない状況。視界が、端の方から黒くなっていく。呼吸が荒くなり、心臓が突き上げんばかりに強く身体に打ちつける。今までに味わったことのない目眩が、ヒカルを襲う。


 膝に手を置かねば、立っていられない。既に虚ろなヒカルの目には、耐え続けるマルクの姿が二重に見える。彼を助けなければ、あの大男を切らねば、次にやられるのは自分だ。


 自分がここで倒れれば、一体どうして両親を救い出せるというのか。老爺への大恩を、どうやって返すというのか。選択肢は残されていないはずなのに、そしてその不可避性を頭では理解しているはずなのに、それに手を伸ばすことを、身体が拒んでいる。刀にかけた手が、無意味に緩んでは締まることを繰り返す――。


「何してんだ! おい、マジでさ!!」


 片膝をつかざるを得ないまでに追い込まれたマルクが、叫び声を上げる。ヒカルもそれに応えたいのだが、その身体は鉄の塊となってしまっている。綺麗事だけでは何も動かないことは、ヒカルも重々承知であるのに、動かない。何という不如意であろうか。


(人を、切る……。俺にそんなこと、できるのか……。できるのか……?)


 頭の中で、それだけが回転する。砲声鳴り響く中、まるで回転木馬の様である。

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