謁見
王宮に入ると、すぐに高い天井が吹き抜けになった広間に着く。シャンデリアの輝きが、ステンドグラスの煌めきが、目に刺さる程の豪奢さである。一目で金がかかっていると分からせるこの意匠は、つまりは王の権力の現れだろう。精密な透かし彫の施された螺旋階段は、触れただけでも折れてしまいそうで、手すりを掴むことがはばかられた。赤い毛氈の絨毯は、土がついては困るので、避けて端を歩いていった。
そのまま歩き続けて、いくつかの階段を上り切ったところで、カスパーが立ち止まった。
「今、この部屋に陛下がいらっしゃいます。ゆめ無作法のないよう」
そう念押しして、カスパーは扉を開けた。
「陛下、ヨハネス卿及び能力者の少年をお連れしました」
部屋の中には、数人の人間がいた。長いテーブルを囲み、各々が好きなように話している。会話に夢中で、カスパーの報告などまるで聞こえていないかのようである。その卓の最奥、燭台に明るく顔を照らされた赤髪の男こそが皇帝なのだろう。第一にヒカルは、思っていたより若いな、という印象を受けた。
会話が一段落したからであろう、テーブルの手前側に座す女性が、ヒカルたちを見つめてきた。
「陛下、報告聞いてました?」
やや砕けた語調で女が問う。赤髪の男は、顔を上げて、そこでやっと気づいたようだった。
「ごめん、全然聞いてなかった。……あ、おかえりヨハン。長旅ご苦労様」
皇帝という肩書に似合わぬ軽々しいねぎらいの言葉。ヨハンの方もそれに慣れているのか、黙って礼をした。
「だけど、すごい存在感だよネェ。おじさんびっくりヨ」
卓の中程に座る老人が頬杖をつきながら呟く。まったく誰も彼も、皇帝の前に在るとは思えない態度であるが、皇帝がそうすることを命じているのだろう。
「自分、名前は?」
「どんな能力を持っているのだ」
「魔法は? 魔法は?」
「紅茶は好きかしら?」
しかし、次々と投げかけられる質問の嵐には、正直戸惑いを隠せない。皇帝を始めとし、マイペースな人間の集まりであるようだ。
(というか、紅茶の質問は全然関係ないだろ!)
ヒカルは心の中で叫んだ。皇帝との御目通りであるはずが、何故こんなことになったのか……。横に控えるヨハンは、天井近くの怪物のレリーフを見て、我関せずという意思を態度で表している。
ざわめきの中に手を叩く音が響き、水を打ったように座が静まり返る。一同を見回してから、皇帝は口を開いた。
「皆、これだけの力を持った人間が招聘に応えてくれて、興奮する気持は分かる。彼のことがまだ何も分かっていないから、知りたい気持があることも分かる。だが、まずは順序を追って話さねばね」
ニコニコと朗らかな表情で、赤髪の男が立ち上がり、自然な動作で辞儀をした。
「僕の招きに応じ、ワルハラに来てくれたこと、嬉しく思う。僕はワルハラ帝国皇帝のイヴァンだ。どうそよろしく」
ヒカルはその無駄のない、気品溢れる動作に目を奪われた。皇帝という位につきながら、気負いなく頭を下げる柔らかな物腰。屈託ない態度。それらが皇帝、イヴァンの人となりを表していた。イーリスがこの男に心酔していたのも、この座の人々がこれ程までに自由に時間を過ごしていたのも、何もかもに納得がいった。
「おい! お前も礼を表せ!」
ヨハンにそう言われて、慌てて辞儀を返す。
「あ……、ヒカルといいます。失踪事件の謎を追って、ワルハラに来ました」
失踪事件の言葉に、部屋の中の雰囲気が変わった。無理もない、この国で事件が起きたのは、つい最近のこと。まだその傷跡も塞がっていない内なのだ。
「君は、君の年頃から推察するに、親を」
「はい。十年前、両親が巻き込まれました」
やっぱりね、とイヴァンは腕を組んだ。自身の招聘に応えた人間は、いずれも出生や人生に傷を負っていた。それ程の理由がなければ決心はつかないだろうという類推である。
「あの、具体的に自分は何をしたらいいですかね?」
ヨハンによれば、皇帝もまた、事件の解決に腐心しているらしい。ともすれば、事件の調査をしたいということに関しては、特に拒否することもないだろうとのことだった。しかしそれでは、皇帝の直接の利益にはなり得ない。皇帝の受ける利益とは、つまりはヒカルが持つという能力のことであるのだが、具体的には何を……。
「うん、能力が開花していればそれを活かしていくんだけど、君は開花していないからね。のんびり待つしかないかな」
ヒカルは困惑した。皇帝は、ヒカルを野放しにしておくというのだ。ヒカルとしては、長らく未解決であった事件の解決にかける時間は多い方がいいのだが、彼はそれでいいのだろうか。
その時、皇帝イヴァンのすぐ側に控えていた緑髪の男、鼻筋の通った、意志の強そうな顔立ちの若い男が声を上げた。
「陛下、この者を失踪事件調査本部に入れてみては」
緑髪の男の言葉に、イヴァンは手を打った。
「名案だよアーネスト。そうと決まったらカスパー、早速お連れしなさい」
「承知いたしました」
そんな会話を交して、ヒカルは皇帝との謁見を終えたのだった。