赤髪の男
「そうか、終に居場所が分かったか」
ロカイユ調の豪奢な装飾が成された部屋の中、赤髪の男が呟いた。傍らに控えるもう一人の男――燕尾服に身を包んだ淡い紫色の髪を持つ執事――が、その声に間髪を入れずに、淀みなく朗々と応える。
「はい、前々から大きな反応があったので、私の方で勝手に、調査を進めさせて頂きました。魔力量は、大魔導師の五人にも匹敵する程かと。あと因みに……」
赤髪の主人は、執事の長い報告を聞きながら、満足気に頷いている。強大な魔力を持つ人間、或いはそれが人間でなかったとしても、彼にとっては大きな興味の対象だった。平素より、彼は自身の部下に命じてそのような者たちを調査させていたのだが、大魔導師クラスの魔力というのは、ここ数年間覚えがない。つまりその人物は、それ程に貴重な存在であるということだ。
「……よし、じゃあ早速使者を派遣しようか。カスパー、手の空いている人間を、早く寄越してくれ」
「……陛下、お言葉ですが、それは些か早急に過ぎます。物事には手順というものがございまして……、陛下がことを急いたせいで、流れてしまった話もあったではございませんか。それをお忘れではありますまい?」
説明を遮られたことに多少の苛立ちを覚えた執事、カスパーは諫める際の語調をやや強めて言った。もっとも、赤髪の、陛下と呼ばれた男は肩をすくめただけで、まるで気にはしていない様子であったが。
「明日できることは今日やるんだよ。人生なんて五十年そこらなんだし、今日を無駄にしたくないじゃないか。ほら早く」
そう言い放って、赤髪の主人は窓の方に向き直ってしまった。諫言を歯牙にもかけない態度に、カスパーは思わず失笑した。主人はもう自分の話には興味がない。このまま説明を続けるのも馬鹿馬鹿しいので、彼の命令に従い、カスパーは派遣するための人材の当たりをつけるために、記憶を遡って適任の人物を探る。
やがて、黙考するカスパーの脳裏に、ある男の顔が思い浮かんだ。先の軍事演習の失敗を取り返すため、眼前の仕事に必死に打ち込んでいる男。彼に、皇帝の覚えがよくなるだろうと言えば、恐らく従ってくれるのではないだろうか。もっとも、その偏屈な男は、簡単には肯わないであろうが……。
「ヨハネス君に頼むつもりだろうけど、彼を説得するのは容易じゃないよ。まぁ彼のことだから、軍事演習の失敗を挽回できる機会だって伝えてあげれば、頷くだろうけれどもね」
カスパーが部屋を出る時、今まで窓の方を向いていたはずの赤髪の主人が、急に呼びかけてきた。陽光を背景に腕を組んだ男は、悪戯っぽい目線を投げてくる。全くいつもいつも、この男は天才的な勘でもってカスパーを翻弄する。彼が、派遣する人物について、特に明確な指示を出していない以上、誰に声をかけようとするかなど執事自身の裁量であるのに、さも確証があるかのように、または台本があるかのようにそう語ったのだ。カスパーは曖昧な笑顔を浮かべ、小さく頷いた。自分の考えは完全に読まれている――そう感じたとき、カスパーはこの笑顔を出現させるのを常としている。
「だけど、大丈夫かなぁ。だって、情報は容姿と魔力量、それにおおまかな場所だけだろう。いくら彼でも、それ程厳しい条件ならば、途中で匙を投げたりしかねないだろうけど」
「えぇ……。ですが、ヨハネス卿はあれで努力家ですし、今までもそうしてきましたから……」
「しかし、もっと精度を上げられる方法は無いものかな。非効率で仕方がない」
横目で窓の方を見つめながら、くどくどと言う赤髪の主人に、カスパーは首を振った。彼の能力では、能力者を探し当てるまでが限界だ、それ以上のことは他の人間の力を借りねばならない。だからといって、適当な能力を持っている人間は、カスパーの知っている範囲内では、自らの主人の計画に加担するような人格ではない。――もちろんそのことは彼も知っているはずであるのだが……。よもや自分が勘づいていないだけで、なにかしらの策があるというのか。そしてそれを隠して、自分を試しているのか。
深く考え込んでいるカスパーの渋面に気づいた赤髪の男は、結んでいた口角を緩めた。
「そこまで気にしないでくれ。単に希望を述べただけだから」
主人の微笑みが、妙に引っかかる。カスパーは自分の考えすぎだと、問題を忘れてしまえるように頭を振った。
それにしても……。
カスパーが部屋を発ち、一人残された赤髪の男は、西日を見ながら深く考え込んだ。カスパーのもたらした情報によると、今回の対象となっているのは倭国の十代の少年。男の記憶が正しければ、彼もまた、須らくあの事件に巻き込まれているはずだ。いったいどうして、そうなることを宿命づけられていたとでもいうのか。
「君なら分かるだろうか……」
赤髪の男は、部屋の中に向き直って、ポツリと呟いた。誰もいないはずの部屋の中、沈黙を答えと受け取った彼は、満足そうに頷いたのだった。