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最弱勇者は叛逆す  作者: 水無月 黒


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魔王戦役と初代勇者

 争いの絶えない人間と魔族であるが、最初から敵対していたわけではない。かつては魔界からめったに出てこない魔族と、わざわざ魔界に入ろうとしない人間とで自然に住み分けができていた。

 魔界、それは大陸東部に広がる強い魔力に満ちた大地である。厳密な定義はないが、大陸を南北に縦断するテルミヌス川あたりで大気に満ちる魔力が急激に弱まり、また植生が大きく変わるため、テルミヌス川の東側を魔界と呼んでいる。

 テルミヌス川を越えて領土を増やすことは、人間にとっても魔族にとっても意味のないことだと思われてきた。

 例えば人間の国が戦争を仕掛けて魔界の一部を占領したとする。しかし、魔界の土地にいきなり入植することは難しい。魔界で外から持ち込んだ農作物が育つか判らないし、食料を現地調達するには食べられる動植物の調査から始めなければならい。人類が魔界で安定して暮らしていくには年単位、下手をすると十年単位での試行錯誤が必要だろう。慣れない土地で疲弊している間に兵力を集めれば土地を奪い返すことも難しくない。

 魔族が魔界から出てきた場合も同様で、川を越えての侵略は苦労が多いだけで得るものがない。それが常識であった。

 しかし、今から千年前、当時の魔族を束ねる魔王がふと考えた。「一部の土地を切り取ってそこに住む方法を考えているから反撃を受ける。ならば、全人類を征服してから入植する方法をじっくりと研究すればよい。」

 このことをもって、魔族が野蛮で好戦的と言うのは少々不公平だろう。人間側にだって同じようなことを考えた者はいた。しかし、人間は複数の国に分かれていた。魔界へ侵攻して兵力をすり減らせば他の国から攻め込まれかねない。人間の敵は人間だった。

 一方、魔族は魔王を頂点として一つに纏まっていた。特に当時の魔王の権力は強く、その一言で魔族の全軍が動いたという。

 結果、魔族の大攻勢が始まった。突然侵略を開始した魔族の大軍の前に、進路上にあった辺境の小国はなすすべもなく滅びていった。

 当時人間側の最大の大国であったロザリア帝国も、魔族の侵攻の速さに対応が遅れ、帝都に近いところまで攻め込まれてしまった。

 しかし、魔族の攻勢もそこで停滞する。その原因は、侵攻を急ぐあまり攻め落とした国の占領政策を蔑ろにしたことだろう。生き残った人々は抵抗組織を作り、ゲリラ戦で魔族の補給線の破壊活動を始めた。

 補給線の防衛に戦力を割いたことで、魔族の攻勢は一時的に弱まった。

 この時になって、魔族に危機感を覚えた各国が動き始める。そして、ミストレイク王国で初代勇者が召喚された。

 初代勇者の活躍は凄まじかった。最前線に出て魔族を押し返しただけではない。ある時は、様子見をしていた国々を回って説き伏せ、人類全体で魔族に対抗する体制を作り上げた。ある時は、魔族に占領された土地に潜入し、抵抗活動を続ける人々を支援した。最終的には、魔界にまで乗り込み、前線に出ようと向かっていていた魔王と対決し、これを討ち果たした。

 魔王が討たれたことにより、魔族は侵攻を止め、占領地も放棄して魔界へと帰っていった。

 魔王によって始まり、魔王の死によって終結したこの戦いは、のちに『魔王戦役』と呼ばれることになる。


 「ナオユキって、たまに私たちよりこの世界のことに詳しいわね。」

 「戦う相手のことを調べるのは基本だろう。」

 まあ、千年前の歴史を調べたのは、魔族のことよりも、初代勇者が何をしたのかが知りたかったからだったが。

 このあたりの資料はアイリスさんに頼んだらすぐに用意してくれた。メイドさん、マジ有能。まあ、実際には過去の勇者の業績をまとめたり、勇者が必要とする情報を集めて整理する部署があるそうだ。

 そうやって集められた資料は、『勇者のアイテムボックス』経由で内容を参照したり検索したり、さらに資料のコピーを取り出したりすることもできる。

 「しかし、初代勇者様はずいぶんいろいろと活躍していたのですなぁ。自分は魔王を倒したことしか知りませんでした。」

 一般人の認識はこの程度かもしれない。しかしジョージよ、近衛騎士団は勇者との交流もある公職、一般人ではない。もう少し興味を持ってもよいのではないか。

 それはともかく、初代勇者の活躍はすさまじい。個人の武勇だけでなく、戦略や政略まで担っている。完璧な英雄すぎて参考にならない。

 初代勇者の活躍はその後も続く。魔族が去った後も、その傷跡は深く残った。特に、魔族に滅ぼされた辺境の国々は、自力で再建できる見込みすらなかった。

 辺境諸国は魔族に対する防波堤になると説き伏せ、戦禍を逃れた各国に再建の支援を認めさせたのが初代勇者だった。

 また、このころから辺境諸国を中心に、魔物が定住する領域、今でいう魔の森や魔の山といった場所が出現するようになる。魔族が連れてきた家畜だとか、魔界の環境を再現する実験を行っていたとか諸説あるが、そこから出てくる魔物の被害も復興を妨げた。

 これらの魔物への対処を行う職業として冒険者が誕生し、冒険者ギルドが設立されたのだが、この冒険者ギルドの設立にも初代勇者がかかわっている。

 俺は、鑑定や冒険者カードで確認できるステータスの表示にも初代勇者が何らかの形で関わっているのではないかと睨んでいる。どう見てもゲームだよな、あの表示は。

 他にも、初代勇者は奴隷の待遇改善も行っている。奴隷制度そのものを廃止しなかったのは、セーフティーネットになっている面があるからだそうだ。口減らしされるよりは奴隷になるほうがましということらしい。

 「奴隷ハーレム最高!」とか叫んでいた(アイリスさん談)先代には、初代勇者の爪の垢でも煎じて飲ませたほうがよい。

 それはともかく、この世界で勇者のイメージは、初代勇者のそれだ。

 魔王戦役において最も激しい戦禍に見舞われたのはロザリア帝国だった。一進一退の戦いは、あっさり陥落した辺境諸国以上の被害をもたらした。初代勇者は戦後、ロザリア帝国各地の被災地を何度も訪れている。『勇者のアイテムボックス』をフル活用して救援物資を運び、土地を追われ家財を失った人々に寄り添い、様々な形で生活の再建を支援した。

 ロザリア帝国はその後徐々に衰退し、かつての栄光を取り戻すことはなかった。東側の領土の一部は独立して辺境諸国の一部となった。また西側の海に面した領土も独立し、沿岸諸国に名を連ねるようになった。残りの国土の大部分はガレリア王国、ダリウス王国、ブレア王国の三国に分裂し、今の中央三大国と呼ばれるようになった。

 しかし、ロザリア帝国の消滅後も、人々は魔族の脅威とともに勇者の偉業を語り継いでいった。その後、辺境諸国より西側には魔族の被害がないにもかかわらず、勇者召喚や辺境諸国に対する支援が行われるのは、語り継がれた記憶と、千年前――初代勇者との約束があるからだ。

 勇者の名はそれほどまでに重い。

 「まあ、初代勇者はともかく、俺は俺にできることをするだけだ。」


裏設定ですが、魔の森の出現に魔族は関係していません。魔界の境界はすごく長い目で見ると移動しており、数万年前にはもっと西まで魔界でした。今の魔の森は、当時の名残、あるいは取り残された魔界の一部といったところです。

千年前の魔族の侵攻の際には、生態系が乱れて魔の森から出てくる魔物が増えたと言うことにすぎません。だから、魔族の侵攻ルートから外れたミストレイク王国付近にも魔の森が存在します。

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