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最弱勇者は叛逆す  作者: 水無月 黒


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白川流設定資料

今更ですが、主人公の使う白川流という武術に関しての設定資料を掲載します。

物語の完結後も評価やレビューをいただきました。ありがとうございました。

〇白川流設定資料

 白川流は、戦国時代の末期に活躍した武人、白川武末を開祖とする流派。

 世間的には古流剣術と認識されているが、その実態は武芸百般何でもありの戦場で生き延びるための技術を受け継いでいる。


【伝書について】

 白川流には、開祖白川武末が書き残したという伝書が多数残っている。

 白川武末の高度な技術の多くを弟子が習得できなかったため、将来技を受け継ぐ者が現れることを期待して、伝書として書き残したらしい。

 ただし、優れた武人であった白川武末に文才は無かったようで、その文章は非常に難解で、また所々に自身の武勇伝や自慢話がちりばめられていて読みにくいものであった。

 現在の白川流で使用されている教本は、白川流を受け継いできた代々の門下が、白川武末直筆の伝書を解読し、そこに自分の修行で得た知見を加えた努力の結晶である。

 また、武芸百般何でもありの白川武末であるが、兵法とか戦術戦略の類はからっきしだったらしく、そっち方面の記述はほとんどない。代わりに駄目な指揮官や負け戦の見分け方についてはくどいほどに書かれている。

 なお、現在の白川流には伝書のみに残る、失われた技術が幾つかある。

・医術

 現代では医療行為を勝手に行ってしまうと違法となる。このため、応急処置と日頃からの健康法以外のものは行われていない。

 最早助からない者に対して、苦しまないように止めを刺す技術などはもってのほか。

 栽培や所持が問題になる薬草とかもあるので、医術系の伝書の多くは封印されている。

・鉄砲術

 戦国時代が終わると鉄砲の所持が制限され、鉄砲術は練習できなくなり失伝となった。

 幕府やどこかの藩に召し抱えられたのならばともかく、民間の道場にすぎなかった白川流には鉄砲の所持は認められなかったらしい。

 なお、白川武末直筆の伝書には、弾や火薬が尽きた後の鉄砲に刃物を括り付けて槍代わりにしたり、鉄砲でそのまま殴りつけたりする技術なども記載されている。

・馬術

 馬を飼う金がなかったため、失伝した。マイナーな流派である白川流は、基本貧乏だった。

 なお、直行の師匠は白川流馬術の再現を画策しており、近くの乗馬場に協力を仰いでいたり、流鏑馬の練習に混ぜてもらえないかと打診していたりする。


【技の分類について】

 白川流では、攻防に用いる技をその使いどころによって分類している。

一之太刀(いちのたち)

 十分な体勢で余裕をもって繰り出される技。

 『大きく、力強く、良くも悪くもお手本通り』

 強力な一撃ゆえに必殺技の様に思われることも多く、事実まともに決まれば必殺の威力があるが、実際にはこちらが十分な体勢で仕掛ける場合、相手も十分な体勢で待ち受けていることが多い。このため、まともに決まることは稀だという。

 実は、一之太刀の役割は、牽制や様子見、相手を揺さぶって体勢を崩すことにある。

 このため、一之太刀に対しては、受けきる、躱しきる、受け流す、相打ち覚悟で反撃してくるなど相手の様々な対応を想定してその対処が考慮されている。

 ちなみに、開祖白川武末は一之太刀のみで数多くの相手を倒して『二之太刀いらず』と呼ばれたことがあったとか(本人の自伝による)。

二之太刀(にのたち)

 隙を見せたり、体勢を崩した相手に対して、致命的な一撃を加えるために使用される技。

 『小さく、鋭く、正確に』

 相手に的確にダメージを与えるための攻撃の主体となるものである。

 一之太刀で崩して、二之太刀で倒す、というのがよくあるパターンだが、別に二番目に繰り出すから二之太刀というわけではない。

三之太刀(さんのたち)

 こちらが体勢を崩したり、不利な状況になった場合に、一度距離を取って仕切り直すために使用される技。

 『状況に合わせて、臨機応変に』

 相手に対して攻撃を加えるのではなく、相手の動きを阻害することを主な目的とする。

 また、三之太刀を無視して強引に迫る相手には、強力な反撃を加える布石となっている場合が多い。

 不利な状況を覆すために用いられる技術であるため、最も難易度が高い。

終之太刀(ついのたち)

 いわゆる必殺技。

 『これが決まれば相手が倒れてそれで終わり。決まらなければ己が倒れてそれで終わり。』

 いずれにしても繰り出した時点で終わることは確定する。故に終之太刀と呼ばれる。

 必殺技というと何か凄い技のように思えるが、白川流においては終之太刀の地位は低い。

 まず、教わったばかりで使いこなせていない技は全て終之太刀として扱われる。

 そして、実戦では基本的に終之太刀は使用禁止。使いこなせていないのだから当然である。

 終之太刀を使用するのは、完全に勝ち筋かなく、あとは死を待つばかりという状況で一か八かの賭けに出るという場合に限られる。

 技を習熟し、一之太刀、二之太刀、三之太刀として使用できるようになると、『終之太刀を卒業した』と呼ばれる。


【白川流の剣技】

兜割(かぶとわり)

 相手の頭部に真上からまっすぐに斬り下す基本的な技。

 振り下ろす一撃の強力さが特徴。白川武末は実際に戦場で相手の兜ごと頭をかちわったことがあるらしい。普通はそんなことできない。

袈裟斬り(けさぎり)

 相手の肩口から斜めに斬り下す基本的な技。

 兜で防御され、硬い頭蓋骨で守られた頭部を避け、また避けにくい斜めの斬り下しを行うため、地味に強力な技である。

遡斬り(さかぎり)

 相手の剣や腕に沿うように斬撃を進める技。

 主にカウンターとして使用する。

 一応型としての一之太刀もあるが、実戦で使われることはない。

落とし斬り(おとしぎり)

 高く掲げた刀を相手の頭上に落とすように斬りつける技。

 跳ね上げられた刀が自然落下するように見せて奇襲する目的で使用する。

 この技には、師匠が弟子を諌めたり、おちょくったりするために多用してきた歴史がある。

 白川流では、師匠の繰り出す技に何とか対抗しようと防御、回避、反撃を試みてきた弟子と、その弟子の対抗手段を封じてさらに攻撃を当てようとする師匠の間で熾烈な争いを繰り返してきた。

 その結果、この技は異様に洗練され、『開祖白川武末を超えた』と呼ばれる数少ない技となっている。

浮草(うきくさ)

 飛び上がりながら下から上に斬り上げる技。

 別に、斬り上げの威力を高めるために飛び上がっているわけではなく、足元が不安定な状況で剣を自在にふるうことが主眼の技である。

 三之太刀として使用される場合、斬り上げで相手を牽制しながら飛び退く。斬り上げた剣はそのまま上段に構え、なおも追いすがる相手には強力な一撃を加える。

片手突(かたてづき)

 刀から一方の手を放し、半身になって行う突き技。

 片手にした分、攻撃範囲が広がり色々と応用の利く技である。

胴薙ぎ(どうなぎ)

 刀を水平に胴体を狙って斬り付ける技。

 胴体を横に薙ぐ刃は避けにくいが、胴体は防具で守られていることが多い。

 このため、防具の上から手でも衝撃が通るように力強く打ち付けるか、もしくは防具の隙間を通すように正確に斬り付けるかのどちらかで攻撃することが多い。

・せつな

 終之太刀の代表格。

 目にも止まらない速さで相手の懐に飛び込み、その勢いを丸ごと叩きつけて全てを斬り伏せる。

 理屈は単純だが、人間の限界を超えような動きを必要とする異常な技。

 開祖白川武末以外、誰も成功させていないという幻の技でもある。

 人外の動きを実現するには、筋トレやら走り込みやらをいくら繰り返しても無理で(それで出来たら人間ではない)、『せつな』には非常に繊細で高度な身体の運用が求められる。

 その高度な身体運用を学ぶために、白川流に入門すると使えないと分かっていても必ず練習させられる技だったりする。

 異世界で完成させた直行は、史上二番目の『せつな』の使い手となった。

※元々、異能バトル系の話を読んでいて、超常の力を持たない一般人が人外の特殊能力に対抗する方法はないかと考えて思いつきました。どんな特異な能力を持っていても、相手が何かする前に斬ってしまえば問題ない、という単純な発想です。


【白川流の奥義】

・なゆた

 白川流の奥義にして、『せつな』の対極と呼ばれている。

 『なゆた』は技ではなく、理念。簡単に言うと、『一つの技の終わりを次の技の始まりに直結することで、途切れることなく攻撃を続ける』というもの。

 ただの連続技との違いは始まりも終わりもないこと。連続技の場合、複数の技を繋げて一つの技にするが、『なゆた』の場合は一つの技という概念がなくなる。

 『なゆた』が完成すると、技が技でなくなり、その場その場で最適化された攻撃を加えるという状態が相手が倒れるまでずっと続くと考えられている。

 開祖白川武末を含めて『なゆた』の完成形まで到達した人はおらず、完成に近づけけるための指針として『なゆた』の奥義が存在する。


【白川流の精神修養】

 よく、「心技体」などと言うが、武芸において「心を鍛える」とは人格者になることではない。

 必要とあらば躊躇わずに人を殺す狂気と、その狂気に呑み込まれない冷静さを併せ持つ、戦いのための心持ちを得ることが心の鍛錬である。

 俗に「人を一人斬り殺せば初段」などという言葉もあるが、これも同様のことを言っている。別に敵を殺せば経験値が入ってレベルが上がるという話ではない。ただ、自らの意思で人を殺す覚悟があるか否かが、剣の技術以上に戦場で生死を分けるということなのだ。

 この戦地へ赴くための心構え、あるいは常在戦場の精神鍛錬を、しかし開祖白川武末は一切説くことはなかった。

 戦場に慣れ親しみ過ぎた白川武末は戦場の空気に呑まれてビビることも、敵を殺すことに躊躇することも一切なかったと言われている。

 精神修養の重要性に気付いたのは、白川武末の弟子たちだった。

 島原の乱が起こったとき、武功を上げる最後のチャンスとばかりに腕に覚えのある武芸者が幾人も参戦した。

 白川流の門下からも腕の立つ者が何人か参戦したが、それまで戦場に出たことのない若者を中心に重傷者や死者が出てしまっていた。

 これを機に白川流では、技術が高くても心が弱ければ実戦では役に立たないことが認識され、心の修行を取り入れることになった。

 だが、この件に関して白川武末は何の役にも立たなかった。最初から何の躊躇もなく戦場で暴れ回った白川武末は、むしろ平時に問題を起こさないための心の修行が必要であった。

 そこで、白川武末の直弟子が中心となって、精神を鍛錬する方法の研究が始まった。

 そして、その鍛錬方法の研究は現在もなお続いている。

 直行の師匠が試したことには、以下のようなものがある。

・絶叫マシンフルコース

 当時、直行はまだ小学生だったため、身長制限に引っかかってできなかった。

・バンジージャンプに挑戦

 直行「飛び降り自殺すると途中でショック死するとか気絶するとかいう俗説は間違っていると理解した。」

・スカイダイビングに挑戦

 予算の都合で実現しなかった。

 直行「結局、師匠が遊びたいだけなんじゃないか?」


【開祖】

 白川武末。本名不明、出身地不明、生没年不明。

 戦国時代の末期に活躍した武人で、どこかの戦国大名に仕えることはなく、傭兵のように一時的に雇われて各地の戦場を転々としてきた。

 個人としての戦いぶりは勇猛でやたらと強いのだが、兵を率いる武将ではなく一兵卒として戦い、また同じ勢力に長居しなかったため活躍した割には有名にならず、仕官することもなかった。

 無名のまま終わった宮本武蔵みたいな人物である。

 無名だった理由の一つに、参戦する勢力を変える度に名前を変えていたということもある。「白川武末」という名前も、戦場に出ることを辞め道場を開いた時点で名乗ったものであり、本名は不明のままである。

 頻繁に名前を変え、所属する陣営を変えるのは、毎回何らかの問題を起こして同じ陣営にいられなくなったからではないかと考えられている。

 白川武末は関ヶ原の戦いの辺りから戦場には出なくなり、道場を開いたのだが、この時期に仕官を諦めたか、もしくはどこの陣営でも雇ってくれなくなったかだと思われる。

 また、頻繁に名前を変えているため、歴史を調べても本人の特定が難しく、本名も出身地も判明していない。

 一説では白川(むら)の出身であるため白川氏を名乗っているとも言われているが、確証はない。

 生没年のうち、生年が不明なのは無名な一兵卒としては珍しくない。しかし、没年が不明なのは少々理由がある。

 白川武末は晩年、「ちょっと修行に出て来る。」と言って出かけた後、二度と戻ってこなかった。このため、白川武末が何時何処でどのように亡くなったのかは一切不明である。

 しかし、白川流内ではいずれひょっこりと白川武末が帰って来て、修行の成果などと言って無茶ぶりをするのではないかと、江戸時代の中頃まで結構本気で信じられていた。



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