叙勲式
王都コステナ。ミストレイク王国の北部に位置し、王城を有するこの国の首都である。
北天山脈の一部、海抜2000m位の高所にある台地に作られた都市だ。北天山脈が北風を遮るためか、冬でもさほど寒くはない。
勇者の旅は、ここから始まる。
俺達はこの都市まで戻ってきていた。
ラムズベルクから王都までの道のりは特に何もなかった。特に刺客が送られてくるとこもなく、途中の領主に邪険にされることもなかった。よからぬことを企んでいるの者は王都にまとまっているようだ。
王都に入った時も静かなものだった。出発した時のように派手なパレードをやりたいわけではないのでちょうどよい。見世物になるのは一回で十分だ。
ちなみに、先代勇者は毎回派手な凱旋式を行ったらしい。先代が派手だった分、俺が目立たなくて済んだのだろう。
この後の予定もある程度は聞いている。今日はこのまま一泊して、明日王城内で叙勲、勲章をもらえるらしい。勲章は日本に持ち帰ってよいそうなので、記念品にはなる。
そして後日、王城前の公園にて、勇者の功績を一般国民に公表し、盛大に凱旋式を……えー、やるの? さっさと日本に帰りたいのだが。
翌日、俺達は王城の一室に来ていた。
今日の俺は、いつもの格好に儀礼用の白いマントを着けている。本来の勇者の正装は聖鎧なのだが、白騎士の捕縛と聖剣、聖鎧の回収は国王に知らせていないので、聖鎧は装着していない。
ジョージも近衛騎士団の鎧を装着している。これは近衛騎士団から支給される制式の装備でそれなりに高いの防御力があるだが、「傷を付けてはいけない」という厳命があり、普段使いできないのだそうだ。なんだかなぁ。
リリアは儀礼用のローブを着用している。高級感はあるが、防御力もその他の効果もなく、実用性はあまりないようだ。王女なのだから、国王のマントのように王家の紋章でも入れてあるのかと思ったが、そんなことはないらしい。
周囲を見渡すと、式典に参列する貴族が十数名。意外と少ない。そして知らない顔ばかりだ。国王の側で式典の進行を行うスタッフもよく知らない面々だった。
そんな中、知っている顔もいた。国王の背後に控えているのは、近衛騎士団序列第二位、グレゴリオ=ベック。一応国王の護衛という形だが、まあお飾りだ。本当の護衛は部屋の外に控えている。
それにしても何故序列第二位を連れて来た?
近衛騎士団序列第一位はギュンター=レイニール。彼の生母は国王の姉、つまり彼は国王の甥にあたる人物だ。
ギュンターは『近衛騎士団の良心』などと呼ばれる好青年だ。
近衛騎士団の貴族も平民も区別なく平等に扱うという建前を信じ、実際に平民団員にも分け隔て無く接している。過去にうっかりギュンターに攻撃を当ててしまった平民団員に対して怒ることもなく、むしろ褒めたたえたそうだ。
その一方で、近衛騎士団の実力主義が形骸化していることも、自分の対戦相手がわざと負けていることも、彼に攻撃を当てた平民団員が取り巻き達の手によって制裁を受けていることにも気が付いていない馬鹿である。
判断力を必要とする重要な任務には堪えられないが、お飾りとしては最適なのだが。
式典が始まった。堅苦しいのは苦手なのだが、まあ今日の段取りはアイリスさんに確認してあるし、大丈夫だろう。
「それでは、勇者様、前へ。」
進行役に呼ばれ、前へと進む。
と、その背後で、ジョージが突然動き出す。
「勇者殿、王命により討たせていただく!」
剣を抜き、背後から斬りつけるジョージ。
「ぐはっ。」
何も出来ぬ間に斬られ、倒れて動かなくなる勇者。鮮血に染まるマント。
「きゃぁーーーーーっ」
一拍遅れて、リリアの悲鳴が上がる。しかし、国王も来賓も誰も動じることはない。そう、これは最初から仕組まれていたこと。
ジョージは剣を収め、国王に向かい片膝を着く。
「勅命、今ここに果たしました。」
国王は、うなずいて答える。
「うむ、大儀であった。しかし、勇者殺しは大罪。見逃すことはできぬ。」
国王の合図とともに、部屋に兵士がなだれ込んでくる。兵士たちは迷うことなく国王と参列者たちの周りに展開して守りを固め、ジョージとリリアを取り囲んで剣を向ける。
この兵士たちは、王城を守る兵士でも、近衛騎士団員でもない。『暗部』と呼ばれる非公式の組織の者たちだ。彼らは必要とあらば、非合法な行為も、非人道的な行為も行う。
国王はジョージに向かって言い放つ。
「安心せよ、お前の家族もすぐに送ってやろう。あの世で仲良く暮らすがよい。」
国王が、勇者一行を皆殺しにする気なのは間違いない。
「なっ、言った通りだろう。」
「はい。勇者殿の言う通りになりましたな。」
言いながらジョージが立ち上がる。絶体絶命の状況にもかかわらず、ジョージもリリアも慌てるそぶりもない。
国王が怪訝な顔をする中、俺も体を起こす。
「家族を人質地に取るような奴が、言うことを聞いたとしても約束を守るはずがない。」
「な、なんじゃと!」
俺が生きていると知って動揺する国王と参列者たち。
俺は、血まみれになったマントを外して捨てる。その内側には、血糊の入った袋が付けられていた。ジョージが斬ったのはこれだ。
ジョージに対する勅命、という名の脅迫状は、家族からの手紙に偽装して送りつけられた。普段からやり取りしているものだから、怪しまれずにジョージの下まで届くと考えたのだろう。
しかし、ジョージから家族への手紙が検閲されるのと同様に、家族からジョージ宛の手紙も検閲を受ける。それに、いつもとは異なるルートで手渡された手紙に、アイリスさんが気付かないわけがない。
今回の国王の計画は、かなり早い段階からばれていたのだ。もちろん、ジョージの家族はとっくに保護済みだ。
下手な演技までして、国王の計画に乗って見せたのは、言い逃れできないところまで追い込むためだ。そして国王は追い詰められた。
「お、おのれ、余を愚弄するか! 勇者とてもう容赦せぬ。全員この場で処刑してしまえ!」
まあ、こうなるか。国王としては俺達を殺して闇に葬るしかない。しかし、さっきから当たり前のようにリリアも殺す気だな、王女なのに。
「と、言うことらしいが、どうする?」
俺が問いかけると、兵士たちが一斉に反転した。
俺達を取り囲んでいた者は、俺達を守るように。国王や参列者を守っていた者たちは、彼らを逃さぬようにと。
「な、なんじゃとぅ!」
再び驚愕する国王。
国王の最大の失策は、『暗部』を自分の手駒だと勘違いしていたことだろう。
違法だったり倫理に反するような行為も厭わない陰の組織というと、犯罪者まがいの社会不適合者の集団みたいなものを想像するかもしれない。だが、それは違うのだ。国の為ならば手を汚すことも辞さない愛国者の集団、それが『暗部』だ。ある意味犯罪者よりたちが悪い。
先代勇者を手にかけたのも、それが国のため、世界のためだと信じたからだ。
国王も、自分が作ったわけでもない謎の組織をよく信じたものだ。場合によっては王族さえも暗殺する組織らしいぞ。
「お前たち、余を裏切る気か!」
うろたえて喚き散らす国王。先代勇者を暗殺したことで、『暗部』は自分の共犯者だと感じていたのかもしれない。
「いいえ、彼らは裏切ったわけではございません。」
そこへ、凛とした声が響いた。姿を現したのは、出待ちしていたアイリスさんだ。その後ろから、ラムズベルク辺境伯ともう一人俺の知らない男性――おそらくアイリスさんの上司――も現れた。
「先代勇者様を弑する事に『暗部』が協力したのは、先代様の言動に問題が多く、このまま放置するのは世のためにならないと各国各組織も了承したからでございます。」
国王が崩れ落ちる。先代勇者の暗殺については隠しおおせていたつもりだったようだが、実は実行する前からばれていたことが判明したのだ。さぞやショックだったろう。
さらに追い打ちで、『暗部』の親玉がラムズベルク辺境伯だという事実があるのだが、それを聞いたら国王はどうなるだろう。
俺も初めて聞いた時は驚いた。国王の悪事に詳しいと思ったら、『暗部』を通してラムズベルク辺境伯に筒抜けだったのだ。
「当代勇者様につきましては、各国の評判もよろしく、問題となる行動もございません。いかなる大義もなく勇者様を弑そうすとるのは、世界を敵に回し、国を危うくする行為。国を裏切ったのは陛下、貴方でございます。」
ピシャリと言い放つアイリスさん。国王はぐうの音も出ない。参列者も同様に言葉もない。今回の式典、勇者殺しを行うだけあって、参列者も式典のスタッフも国王の共犯者で固められている。一網打尽だ。
あとは全員連行するだけ、というところで、
「いいや、大義はある! 勇者が弱い、それこそが罪だ。」
グレゴリオが吼えた。
「勇者よ、オレは貴様に決闘を申し込む!!」
人質にするため、ジョージの家族を確保したのは暗部の人間です。
ジョージの家族を保護したのも暗部です。
マッチポンプっぽく見えますが、既に暗部が国王を切り捨てることは決まっていたので、ジョージの家族を人質にとるふりをして保護したのです。
なお、ジョージの家族は、母親と妹の二人です。




