表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱勇者は叛逆す  作者: 水無月 黒


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/35

VS 白騎士 After

 突然だが、『奥義』と聞くと、何を想像するだろうか。

 「必殺技のこと」と言う人も多いのではないだろうか。実際、物語等では「奥義○○」のように、必殺技名に『奥義』と付けているものもよく見かける。

 だが、本来『奥義』と『必殺技』は全く関係ない別のことだ。

 武芸に限らず、習い事全般において、入門して最初に習う事柄を『初義』と呼ぶ。

 『初義』を修めた後、次に習うものが『中義』、と段階的に習得して行って、最後に教わるものが『奥義』である。

 最後の最後に教えるのだから、とんでもなく凄い技なのだろう、と思うかもしれない。物語の中で必殺技の名前に『奥義』を冠するのはそういう効果を狙っているのだろう。

 ところが、現実には『奥義』で教える『必殺技』というのはほとんどない。少なくとも白川流ではそうだ。

 必殺技どころか、技ですらない教え、例えば弟子の取り方、教え方などといった内容が『奥義』として結構ある。まあ、師匠になるには教える技術も重要だ。

 武芸の技術に限っても、『奥義』ともなると、『技』そのものを教えることはほとんどない。

 例えば、『なゆた』は白川流の『奥義』である。だが、技を教えるようなことはない。そもそも『なゆた』は技を技でなくすものであり、永遠に未完成の技術だ。たとえ白川武末でも教えられるような『技』はない。

 『奥義』としての『なゆた』は、各自が研鑽して行く為の指針のようなものである。

 なお、『なゆた』に至るための練習用の技である、なゆた一式~十二式は、『中義』、一部『初義』で教わるものである。


 一方、『なゆた』の対極と言われる『せつな』は間違いなく『必殺技』――『終之太刀』である。しかし、『奥義』ではない。

 なんと、『初義』である。つまり、白川流に入門した者は誰もが皆『せつな』を習うのだ。

 弟子の誰も習得できなかったことがそんなに悔しかったのか、白川武末!

 まあ、開祖の思惑は置いておいて、習得できない『せつな』を『初義』で教えるのには訳がある。

 一見すると『せつな』は、無茶苦茶強引な力技に思えるかもしれないが、その実は非常に高度で繊細な身体運用を必要とする技なのだ。

 人の限界を超えたかのような技は、決して、ハードな筋トレとか、重しを付けた走り込みとか、気合や根性とかで可能になるものではない。それで出来たらもはや人間ではない。

 人の身で常人を越えた動きをするには、精密かつ正確に正しい動作を行う必要がある。

 例えば、踏み出す時の重心の位置が少しでもずれると、足が空回りして前に進まない。

 例えば、踏み込んだ足の爪先の向きを少し間違えるだけで、進路が左右にずれ、対象を斬れなくなる。

 例えば、斬りつける刀を振るタイミングが少しでもずれれば、『全てを断つ』と言われた強力な斬撃は生まれない。

 このような、極限の身体制御の集大成が『せつな』なのである。

 わざわざ『初義』で『せつな』を教えるのは、精密かつ正確に身体を動かす練習をするためだ。それは他の技にも応用が利く。

 そして、ある程度精密で正確な身体制御ができるようになると、『せつな』の全体像が理解できるようになる。だいたいの人はこの時点で『せつな』を諦める。

 人間離れした動きを見せる『せつな』はそれだけ体への負担が大きい。制御を誤れば負荷が一点に集中して身体を破壊する。

 踏み込む足の角度を間違えれば足首を挫くし、刀を持つ手の位置を間違えれば手首を挫く。極端に言えば、頭の位置を間違えて加速すれば、首の骨を折って死ぬ。

 『せつな』に挑んだ白川流の先人は、これ以上はどれだけ正しく身体を動かしても体がもたない、という『壁』にぶち当たり、『せつな』に至れなかった。

 俺が『せつな』を習得したのは、この世界へきて、身体強化の補助魔法を覚えてからだ。この魔法は、ステータスの一項目を一時的に上昇させることができる。

 俺が『せつな』に挑むために上昇させたのは、ATKでもAGIでもなく、DEFだった。防御力を上げることで体にかかる負荷に対抗し、『壁』を越えようとしたのだ。

 まさか、『壁』を越えた先に一気に体への負荷が軽くなる領域があるとは思わなかった。おそらく、白川武末は『壁』の存在そのものに気付いていなかったのだろう。そうでなければ弟子に『せつな』を使えるように指導できたはずだ。

 『せつな』は使えるようになった今でも、一つ間違えれば自滅する危険な技だ。

 特に厄介なのは、対象を正しく斬らなければその威力が全て自分に返ってくることだ。

 これがあるから『せつな』は中断も手加減もできない。まあ、もともと中断する暇はないのだが。

 失敗即自滅が『せつな』だ。正しく斬れなければ、刀が折れる。刀が折れなければ腕が折れる。腕も折れなければその衝撃は全身を廻り、体を内側から破壊する。

 今回俺は、五メートル先の白騎士を斬るつもりで『せつな』を放った。だが、『ミラー』のスキルにより白騎士も同時に動いたことで、中間の二メートル半の地点で互いの剣が交差した。これは完全に失敗だ。

 ―― 正しく斬れなければ、刀が折れる。

 だから、俺の剣は折れた。

 しかし、『不屈』の聖剣は折れなかった。

 ―― 刀が折れなければ腕が折れる。

 だが、白騎士の両腕は聖鎧の籠手に支えられ、折れることはなかった。

 ―― 腕も折れなければその衝撃は全身を廻り、体を内側から破壊する。

 剣も腕も折れなかった結果、『せつな』の反動は白騎士の全身に及んだ。体の内側からの衝撃ではいくら聖鎧でも防げない。むしろ衝撃を外に逃がすすことができずに、かえってダメージを大きくしただろう。

 まあ、これを狙ってわざわざ武技(アーツ)状態の『せつな』を使った訳だが。

 白騎士が、どさりと倒れる。

 既に意識がないのか、声も上げない。

 「さて、聖剣と聖鎧は回収しておくか。」

 俺は、白騎士が手放した聖剣を拾い、勇者のアイテムボックスにしまう。聖鎧に紐で括りつけられた鞘は後回しだ。

 次は聖鎧だが、全身鎧を脱がせるのはちょっと面倒臭い。と思ったが、勇者専用装備のためか、そのまま勇者のアイテムボックスに格納することができた。これはラッキー。聖剣の鞘は取り残されたので改めて回収する。

 オーギュストは聖鎧の下に回復系のマジックアイテムを仕込んでいたようだ。これなら放っておいても死なないだろう。

 試しに、勇者のアイテムボックスから聖鎧を直に装備してみる。一瞬で全身鎧姿になった。今まで着ていた薄手の革鎧の上から装着しているのだが、まるで違和感がない。さすがは勇者専用装備。

 ついでなので聖剣も取り出し、魔力を込めると、聖剣と聖鎧が光を放った。

 「おおーっ!」

 周囲の野次馬がどよめく。自分ではよくわからないが、外から見るとかなり派手なようだ。

 「これよ、先代勇者が良くやっていたやつ。」

 やはりリリアは見たことがあるようだ。しかしこれ、聖剣と聖鎧の動作確認みたいなもので、光ることに特に意味はない。本当にパフォーマンス専用だな。

 「勇者殿はこれからはこの装備で行きますか?」

 ジョージはそう聞いてくるが、正面切っての戦いはもう終わっているんだよなぁ、暗殺はあるかもしれないけど。それに……、

 ちらりと倒れ伏しているオーギュストを見る。

 この装備で『せつな』に失敗するとああなる。それを考えるとちょっと怖くて使えない。

 俺は聖剣と聖鎧の光を止めると、再びアイテムボックスにしまった。

 その後、駆け付けた衛兵にオーギュストを引き渡すと、俺達はラムズベルクを後にした。


白騎士を捕らえに来た衛兵は、捕縛用にさすまたを標準装備です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ