ラムズベルク辺境伯
いろいろあったが、漸くミストレイク王国に戻ってきた。
俺達が今居るのは、ミストレイク王国の南端、ラムズベルク。
ラムズベルクはミストレイク王国で唯一魔の森と接した土地で、また辺境でも珍しく魔物対策に冒険者の手を借りていない場所だ。
ここでは領兵が日々魔物と戦っている。ラムズベルクの領兵は、ミストレイク王国で唯一魔物との実戦を経験しているのだ。経験豊富で当然レベルも高く、近衛騎士団など比較にならない強兵だ。
また、領兵の倒した魔物から採れる魔石や素材は全て領主のものになり、高値で西の大国へと売られて行く。このため、ラムズベルク辺境伯はミストレイク王国で最も金持ちの貴族と言われている。
つまり、ミストレイク王国にとってラムズベルクとは、
魔物から国を守る盾であり、
貴重な外貨を稼ぐ貿易の要であり、
最強の兵を抱える領地であり、
国内で強くなりたければここしかない、という修行場でもある。
ミストレイク王国にで、ここ以上に重要な場所は、勇者召喚を行う王城くらいではないだろうか。
だがなぜか、ミストレイク王国においてラムズベルクの評判は低く、野蛮な僻地と思われている。魔物が出没し、それと戦う兵がいるから『野蛮』で、王都から遠く離れているから『僻地』というわけだ。その結果、国や王家に不興を買った者が左遷される先となっている。
ラムズベルクの評価が低いのは政治的な要因らしい。ラムズベルク辺境伯が反王家なのは今に始まったことではない。代々ラムズベルク辺境伯は国政や王家とは距離を取り、王家が何か問題お起こせば容赦なく批判してきたのだそうだ。武力でも経済力でも王家に勝るからこそできることだろう。その結果、王家や王家に追随する貴族からは疎まれているのだ。
さて、ラムズベルク辺境伯が反王家なのは確かだが、敵の敵が味方とは限らない。そもそも、ラムズベルク辺境伯が王家の敵なのかというとそれもちょっと違う。王家が間違っていれば痛烈に批判するが、王家が正しいと判断すれば従いもするし、擁護もするそうだ。
もちろん、今国王が行っていることは誰がどう見ても間違っている。だが、公然と批判するには問題が大きすぎる。
ラムズベルク辺境伯が真相を知ったとして、王家をどうこうする前に、関係者の口を封じて国を守ろうとしないとは言い切れない。
味方になれば心強いが敵に回すと厄介。独自の情報網も持っているらしく、放置していると勝手に介入してくる可能性もあるらしい。
アイリスさん達も味方に引き入れようと画策しているらしいが、事が事だけに慎重にならざるを得ず、腹の探り合いが続いているそうだ。
だから俺は、ラムズベルク辺境伯と直接会ってみることにした。
実は、ラムズベルクに到着した時点で、会食の誘いを受けていたのだ。
勇者として、この手の誘いは幾度かあったが、地方の領主や小国の国王からの誘いは断ってよいと言われていた。国や領地を移動する度に権力者に付き合っていたら勇者の仕事に支障が出る。だから勇者は一方的に断っても構わない、という取り決めがある。
実際、誘うにしても本人または代理人が挨拶に訪ねて来て、社交辞令的に口頭で誘われることが多かった。領地に入った途端、招待状を渡されたのは初めてだ。
辺境伯としても、何か思うところがあるのだろう。ある程度国王の所業について把握しているのかもしれない。
いきなり俺を暗殺とかじゃなければいいけど。
「ようこそ、勇者殿。歓迎する。」
ラムズベルク辺境伯は笑顔で俺を迎えてくれた。う~ん。
ラムズベルク辺境伯と言えば、自ら先頭に立って魔の森へ赴き魔物と戦う武門の貴族だそうだが、この張り付いたような笑顔は政治家のものだ。中央の大国で見た王族や貴族の笑顔とそっくりだ。
これは、油断ならない相手だ。国王よりも王様らしい貫禄がある。
俺は今日、一人でラムズベルク辺境伯の下を訪れた。罠を恐れてのことだ。普通ならば用心のため護衛の戦力を揃えて向かうのだろうが、俺の場合一人の方が逃げやすい。ジョージとリリアには転送石を持って待機してもらっている。
おかげで、ラムズベルク辺境伯と一対一で食事をすることになってしまった。そう、ラムズベルク辺境伯も単身で会食に臨んだのだ。何が悲しくておっさんと二人きりで食事しなければならないのかとも思うが、余人には聞かせられない話をするつもりなのかもしれない。
会食は滞りなく進んだ。当たり障りのない雑談を行いながら、運ばれてくる料理をいただく。先代勇者は毒殺されたようだが、俺は『鑑定』で毒を判別できる。まあ、過信は禁物だが。
「ところで勇者殿、王都に戻れば今回の戦果に対して相応の報酬が与えられるだろう。勇者殿は何を望まれる?」
食事が終わり、給仕の者が退室してからラムズベルク辺境伯は切り出した。これまでの雑談と同じ調子で聞いてくるが、ここからが本題だろう。
発言は慎重に行わなければならない。とは言え、この質問に対しては正直に答えるしかない。
「特に何も。俺の望みは、元の世界に帰ることだけだ。」
地位とか領地とか貰っても意味がないし、金銀財宝など処分に困る。金貨や魔石の一個くらいなら記念になるが、日本に帰ればただの高校生が換金する伝手などない。
「ほう、ずいぶん無欲ですな。それでは、国王陛下に言いたいことなどはあるか?」
これは……、国王の所業について、ある程度知っているのだろう。まあ、国王が『最弱勇者』の評判を広めているのは公然の秘密で、それだけでも国王に文句を言う理由はあるわけだが。
「それも、特には。国王の勇者の扱いについては思うところがないわけじゃないが、ちゃんと帰れるならば問題ない。あとはこの世界、この国の問題だろう。」
国王への意趣返しに興味がないわけではないが、帰ることの方が優先順位が高い。ぶっちゃけ、あの国王と関わるのも面倒臭い。
「ただ、言わせてもらえば、今の国王のやり方を続けているとろくなことにならないと思うぞ。」
先代勇者にしても、俺にしても、国ごと滅びかねない悪さを繰り返しているのだ。一度や二度は隠しおおせても、続けていればそのうちばれる。国王とその仲間が滅びる分には自業自得だが、その巻き添えを食うミストレイク王国の人が可哀そうだ。
「そうか。フム。」
そういって辺境伯はこちらを射抜くような強い視線を投げかけた。なかなかの眼力だ。だがこちらも引くつもりはない。真正面から視線を受け止める。いや、おっさんと見つめ合う趣味はないのだが。
「わかった。私も勇者殿の帰還に全面的に協力しよう。」
一つ頷くと、辺境伯はそう言った。俺が辺境伯を見極めようとしていたのと同様に、辺境伯も俺のことを見極めようとしていたらしい。
何をどう納得したのかは分からないが、こうしてラムズベルク辺境伯の協力を得られることになった。
その後、細かい打ち合わせを行ったのだが、予想以上に敵に回したらヤバい人物であることが分かった。
国王の悪行は先代勇者を含めて、俺の知る限りのことはほぼ全て把握していて、国王派の暴走を止めるために水面下で動いていたそうだ。
公にできない問題だけに、ラムズベルク辺境伯も難航していたらしい。クーデターを起こすようなものだから、一度動き出したら一気に終わらせなければ内戦になる。追い詰められた連中が自暴自棄になれば、国ごと滅びかねない。
だから、当事者であり、一番の不確定要素であった勇者に接触してきたのだった。
前々から準備していただけあって、決めてしまえばラムズベルク辺境伯の行動は速かった。即座にアイリスさんの仲間――ミストレイク王国特務機関、勇者支援室のメンバーを呼び出し、協力体制を構築した。
国王の命運は尽きたといってよいだろう。国王とその取り巻きをまとめて排除することは既定路線、失脚する人間とその罪状がリストアップされていた。今は排除した後の体制についての検討に入っている段階だ。
俺としては、そういったごたごたや国王の最後のあがきに巻き込まれて死なないように注意するだけだ。




